あらすじ

ジーキル博士とハイド氏のあらすじとネタバレ 読書感想から考察まで徹底解説/スティーヴンソン

19世紀イギリスの作家スティーヴンソンの代表作「ジーキル博士とハイド氏」は、今日では「二重人格」の代名詞として使われるほどあまりに有名な作品です。

「ジキルとハイド」というとピンと来る方もいるかと思います。

そんな「ジーキル博士とハイド氏」ですが、

「読んだことはあるけど内容は忘れてしまった」

「聞いたことはあるけどちゃんと読んだことがない」

という方もいるのではないでしょうか。

今回はそんなスティーヴンソンの「ジーキル博士とハイド氏」のあらすじや魅力から、より楽しむためのポイントなどを詳しく解説していきます。

「ジーキル博士とハイド氏」とは?

「ジーキル博士とハイド氏」は、ロバート・ルイス・スティーヴンソンによって1885年に執筆され1886年に発表された小説です。

1883年に子供向けの冒険小説「宝島」で名声を博していたスティーヴンソンでしたが、「ジーキル博士とハイド氏」はそれとはかなりテイストが異なるものとなっています。

一見ミステリー仕立てのこの小説で、彼は人間の 善と悪という普遍的なテーマに取り組みました。

作者名

ロバート・ルイス・スティーヴンソン

発売年

1886年

ジャンル

イギリス怪奇小説

時代

19世紀初頭のロンドン


スティーヴンソンのプロフィール

スティーヴンソンは1850年イギリスのスコットランド、エディンバラに生まれました。

父、祖父ともに灯台建設の技師という家庭でした。

跡を継ぐことを期待されていたスティーヴンソンは、1867年エディンバラ大学の土木工学科に入学しますが、1871年法科に移籍し1875年に弁護士の資格を得ています。

若いころに結核にかかり、転々と各地で療養しながら作品を執筆していきます。

1880年

子供のいるアメリカ人女性のファニー・オズボーンと結婚

1883年

代表作の「宝島」を発表し、大好評を博す

1887年

アメリカに移住するが、その翌年から療養のために南太平洋諸島やハワイを訪れるようになる

1890年

終の棲家(ついのすみか)となるサモアに移住

1894年

脳溢血のため亡くなる

ジーキル博士とハイド氏の特徴

舞台は19世紀初頭のロンドン。

女の子を踏みつけにしたというある凶悪な男のエピソードから物語は始まります。

主人公の弁護士アターソンの目を通して、社会的名声の高いジーキル博士と悪の化身のようなハイド氏との不可解な関係が描かれていきます。

だんだんとおかしな振る舞いを見せるようになっていくジーキル博士。

最後にジーキル博士自身の手記によって謎が明かされます。

ジーキル博士とハイド氏の主要登場人物

 

アターソン

弁護士。ジーキル博士とラニョン医師とは旧友の仲

ジーキル

医学博士・民法学博士・法学博士・王立科学協会会員

ラニョン

医師

ハイド

凶悪な小柄の男

エンフィールド

アターソンのいとこ

プール

ジーキル家の召使

ジーキル博士とハイド氏の簡単なあらすじ

「ジーキル博士とハイド氏」とは簡単にまとめると、次のようなお話です。

弁護士のアターソンは旧友であるジーキル博士の遺言書を預かっていました。

しかし「ジーキルの死後ないし失踪後全財産を譲る」とされているハイドという人物が、極めて凶悪で不快な人物であることを知って不安を覚えます。

ジーキルはハイドの話になると顔色を変えて、とにかく遺言書の通りにしてほしいと懇願するのみでした。

やがてハイドが殺人を犯したうえで姿を消します。

しばらくは晴れ晴れと善行に励むジーキルでしたが、急に様子がおかしくなっていきます。

最後にアターソンはジーキルの部屋でハイドの自殺死体を発見し、ジーキルの手記で真相を知るのでした。

 

ジーキル博士とハイド氏の起承転結

ここからは「ジーキル博士とハイド氏」を起承転結で分けてもう少し詳しく、物語のあらすじを説明していきます。

【起】ジーキル博士とハイド氏のあらすじ①

弁護士のアターソンはいとこのエンフィールドから奇妙な話を聞かされます。

ある暗い冬の早朝、小柄な男と8つか9つくらいの女の子が角でぶつかりそうになったとき、男が女の子を平気で踏みつけて立ち去ろうとしたというのです。

抗議するエンフィールドや他の人々に対し、男は金を払うと言いだして気味の悪い建物に入っていきました。

やがて男は現金と小切手を持って出てきましたが、小切手にはある著名な人物の署名がされていたというのです。

その小柄な男の名がハイドだと知ったアターソンは、旧友でもあるジーキル博士から預かっていた遺言書を確認します。

そこにはジーキルが死亡または失踪した場合には、全財産をハイドに譲ると記されていました。

小切手の署名がジーキルだと確信したアターソンは、事の真相を探るべくジーキルとの共通の友人であるラニョン医師を訪ねます。

ラニョンはジーキルとはもう疎遠であると言い、ハイドという人物は聞いたことがないと答えました。

好奇心を押さえられないアターソンは例の気味の悪い家へ毎日通うようになります。

ついにハイドを見つけたアターソンが名指しで声をかけると、ハイドは応じ自分の住所も教えてきました。

アターソンにとってはじめて見るハイドの顔は、エンフィールドが語ったようになんとも言えない嫌悪や恐怖の感情を湧き起こさせるものでした。

実はその家は、ジーキル博士の家の離れでもあるのです。

アターソンがジーキルの家を訪ねると博士は留守でした。

召使のプールにハイドのことを聞くと、「ハイド氏は鍵を持っていて好きなように振舞えるのだ」と答えました。

2週間後、アターソンはジーキルに遺言書の件を切り出します。

するとジーキルは顔色を変えて、そのことには触れずにすべて遺言書の通りにしてほしいと頼むのでした。

【承】ジーキル博士とハイド氏のあらすじ②

それから約1年後の1811年に事件は起こります。

老紳士のダンヴァーズ・カレー卿が小柄な男にステッキで残虐に撲殺されたのです。

カレー卿がアターソンの顧客であったことから警察の連絡を受けたアターソンは、凶器となったステッキがかつて自分ががジーキルに贈ったものであることを知ります。

警視を案内してハイドの家に行くと、そこには折れたステッキのもう片方と小切手の燃え残りがありました。

その日の午後アターソンはジーキルを訪ねますが、彼はひどく元気がなくハイドとは縁を切ったと語ります。

そしてハイドが書いたという手紙をアターソンに託しました。

帰宅したアターソンは筆跡鑑定のできる主任事務員ゲストを呼んでその手紙を見せます。

ゲストが手紙の筆跡とジーキルの筆跡が同一であると答えたことで、アターソンはジーキルに不信感を抱きます。

時は流れハイドは姿を消したままです。

ジーキルは友人たちとの交際を再開し、以前より一層慈善活動などの善行に励むようになっていました。

ところがおよそ2か月後、突如としてジーキルは一切の交際を断ってしまいます。

他方でラニョンはすっかり衰弱してしまい、なおかつジーキルとは縁を切ったとアターソンに告げます。

またアターソンはジーキルに手紙を書きますが、翌日届いた返事には「自分はこれから極端な隠遁生活を送るからそれを尊重して欲しい」と記されていました。

ラニョンの死後、自分あての封書を見つけたアターソンがそれを開けると、中にはもう一つの封書があり「ジーキル博士の死亡ないし失踪まで開封せられざること」と記されていました。

アターソンはそれにしたがい封書を金庫にしまいます。

次第にジーキルとは疎遠となったアターソンでしたが、エンフィールドと散歩をしているとき偶然に窓辺にいるジーキルを見かけます。

最初はアターソンとの再会をうれしそうにしていたジーキルでしたが、突如恐怖と絶望の色を浮かべて窓を閉め切ってしまったのでした。

【転】ジーキル博士とハイド氏のあらすじ③

ある3月の夜、アターソンの下へプールが訪ねてきてジーキル家の異変を伝えます。

アターソンが駆けつけると、ジーキルの書斎には明らかに違う男がいる気配でした。

ジーキルがハイドに殺されたと確信したアターソンは召使たちの力を借りて力ずくでドアをこじ開けます。

中にはハイドの自殺死体がありましたが、ジーキルの姿は影も形もありませんでした。

ジーキルからの自分宛ての手紙を見つけたアターソンは、その手紙の言いつけにしたがってまずラニョンの遺した手記を読みます。

そこにはある薬を飲んだハイドが、ラニョンの目の前でジーキルに変身したことが書かれていました。

つまり、ジーキルとハイドとは同一人物だったのです。

【結】ジーキル博士とハイド氏のあらすじ④

次にアターソンはジーキルの分厚い手記を読みます。

そこにはジーキルの告白が書かれていました。

つまり、自分には抑えることのできないある背徳的な快楽癖があるということ。

同時に自分は高い理想や見地のゆえに、そのことに人並み以上の羞恥心を抱き、やがて深い二重生活を送るようになったということ。

そしてそのような苦しさから逃れるために、自分の中の2つの要素を分離して別々の個体に切り離すことを考え、そしてそれを叶える薬を発明したということが書かれているのでした。

最初は薬を使ってハイドになり、またジーキルに戻っていた彼でしたが、やがて薬でコントロールすることができなくなっていきます。

ジーキルとして眠ったはずなのにハイドとして目覚めたことに気付いた彼は愕然とします。

彼の2つの外貌と性格とは、一方はハイドという全くの悪であるのに対し、もう一方は善と悪との矛盾を抱えた従来のジーキルに過ぎないのです。

そのため、快楽の欲望を抑え込んでいるジーキルはだんだんとハイドに近づいていくのでした。

ジーキルとしての臨終のときを悟った彼は最期の力を振り絞ってこの手記を遺したのです。

ジーキル博士とハイド氏の解説(考察)【ジーキル博士の抱える善と悪とは?】

一般に二重人格が描かれていると思われがちな「ジーキル博士とハイド氏」ですが、実際に読んでみると印象が違います。

むしろ人間だれしもが抱えている「自分の中の二重性の問題を扱っているのだ」ということが読みとれます。

それは単純に善と悪という形でも言い切れないものです。

「自分の中の2つの要素を切り離して別々の個体にしてしまおう」と考えたジーキル博士でしたが、そこで生み出されたのは従来通りの善と悪との混合物であるジーキルと、全くの悪であるハイドでした。

さらに言うならば、ジーキル博士の中の善とは果たして本当の善だったのかという疑問も残ります。

それはうわべだけの、体面を保つための善に過ぎなかったのではないでしょうか。

現に公園のベンチにいるとき、慈善活動をしている自分を他の人々と比べて優位に感じた途端に、ジーキルはハイドへと変身してしまったのです。

ここには善のあり方についての問いかけが含まれているのではないでしょうか。

ジーキル博士とハイド氏の作者が伝えたかったことは?

ジーキル博士は知性を駆使して、人間は本当は1つのものではなく2つのものであるという「真理」に近づいたが、「それの部分的発見によって」破滅してしまったと述べています。

さらに2つというのは自分の知識の程度がそれ以上に進んでいないからであって、今後同じ方面で自分を追い越す人々も現れるであろうと述べています。

ここは少し不思議な感じのする箇所です。

19世紀は科学の発展の世紀であり、それは人類の進歩であると信じられていました。

けれどもスティーヴンソンは、二重性に苦しむ人間の意識の問題をも科学が解決するということに懐疑的であったのかもしれません。

ジーキル博士とハイド氏の3つのポイント

「ジーキル博士とハイド氏」を読むうえで、知っておくとより楽しい知識をご紹介します。

ポイント①【スティーヴンソンは中島敦の小説『光と風と夢』のモデル】

「山月記」「名人伝」などで有名な作家の中島敦(1909-1942)は、持病の喘息の治療を兼ねてパラオ南洋庁で勤務します。

その経験に基づきスティーヴンソンのサモアでの生活をモデルに「ツンタラ(サモア語で物語の語り手という意味)の死」を書き、さらに『光と風と夢』と改題して1942年に発表しました。

スティーヴンソンと同様に病に苦しんだ中島敦が、自己の姿を投影した作品であると言われています。

ポイント②【スティーヴンソンが生きたヴィクトリア朝イギリスとはどんな時代か】

ヴィクトリア朝とは19世紀後半の大英帝国の絶頂期を指します。

産業革命によって工業の大いなる発展を経たイギリスは「世界の工場」と言われ、植民地経営にも積極的にのりだします。

同時に科学の発展も著しく、学問分野としての地位を確立します。

1859年にはダーウィンの「種の起源」が発表され精神的な面でも大きな影響を与えました。

舞台は19世紀初頭とはいえ、「ジーキル博士とハイド氏」の作中で科学について頻繁に語られるのはそういう意味で興味深いところです。

また、ハイド氏の姿がどこか猿のようであるのはダーウィン進化論の影響でしょうか?

ポイント③【今日でいう「二重人格」とは別もの】

二重人格(多重人格)とは今日でいえば「解離性同一性障害」と呼ばれる病気です。

幼少期に受けた虐待などの強い心的ストレスをおもな原因として、一種の防御本能から生じると言われています。

「虐待を受けているのは自分ではない」と思い込むことでもう一人の人格を自分の中に作り出してしまうのです。

いうまでもなく、ジーキル博士とハイド氏のように体まで変わるわけではありません。

今日の医学的な意味の二重人格と「ジーキル博士とハイド氏」の物語を混同しないようにしましょう。

ジーキル博士とハイド氏を読んだ読書感想

現在「ジーキル博士とハイド氏」は「二重人格」の代名詞のように使われています。

そのため私たちはこの2人が同一人物であるという「落ち」を知ったうえで物語を読まざるを得ません。

つまりミステリー的な謎解きとしては、あらかじめ答えが分かっているということです。

けれど、それでもこの物語の面白さは少しも損なわれてはいません。

それは物語構築の巧みさによるところが大きいと思うのです。

たとえばハイドが入った気味の悪い家が実はジーキル博士の家でもあること。

なぜジーキル博士の書斎に「姿見鏡」があるのかという謎。

つまりミステリーに欠かせないさまざまな伏線がはられており、かつ2つの手記ですべてが明かされるラストは鮮やかです。

そういう意味でもとても面白い小説だと思います。

ジーキル博士とハイド氏のあらすじ・考察まとめ

ここではおもに2つの観点から「ジーキル博士とハイド氏」を見てきました。

つまり人間の二重性ないし人間意識の2つの要素というテーマの普遍性と、ミステリー的な物語構築の巧みさという2点です。

いずれにしても、さまざまな読み方や面白さを感じさせてくれる優れた小説です。

ぜひこの機会に手に取ってみてはいかがでしょうか。

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