「グッド・バイ」は「人間失格」の後に執筆を開始した太宰治の未完の遺作です。
朝日新聞に連載予定で10回目までが収められました。
その後、太宰は入水自殺をしてこの世を去ってしまいます。
故に続きを読むことはできません。
作品の雰囲気はコメディタッチでクスッと笑ってしまう様な世界観です。
人物の描写などに太宰らしい繊細な表現がみられ読みやすい文体です。
物語はこれからというところで終わってしまうのですが、きっと続きが読みたくなると思います。
「グッド・バイ」とは?
雑誌の編集長という肩書きの田島という男が囲っている10人あまりの愛人たちとうまく別れたいと考えています。
どうすれば良いのかと途方に暮れていると、ある知り合いの文士に絶世の美女を伴って別れ話をしに行けばうまくいくとアドバイスを受けます。
それに従って永井キヌ子というかつぎ屋にその任を頼むのですが・・・。
作者名 |
太宰治 |
発売年 |
1948年 |
ジャンル |
短編小説 |
時代 |
戦後 |
太宰治のプロフィール
太宰治(本名:津島修治)1909〜1948年
無頼派の旗手として戦前戦後に活躍した小説家です。
自殺未遂や薬物中毒など自己破滅型の人生を題材とした私小説を多く執筆しました。
青森県五所川原市で名家の六男として生まれます。
高校時代から文学に親しみプロレタリア文学の影響を受け左翼活動に傾倒していきます。上京し東京帝国大学文学部仏文学科に入学、小説家を志し井伏鱒二に弟子入りします。
芸者の小山初代と実家の反対を押し切り結婚し、分家除籍となります。
それに病んだか女給と無理心中を図ります。ところが女給のみ死亡してしまい自殺幇助罪に問われますが兄の奔走もあり不起訴となります。
バビナール依存症となり強制入院中に妻の初代が不貞行為が発覚し離別します。
その後、井伏鱒二の紹介で石原美智子と結婚します。子供も生まれ私生活は安定します。終戦後、「斜陽」を発表し「斜陽族」が流行語になるなど人気作家の地位を獲得します。
しかし、再び生活が荒れてしまい健康状態が悪化してしまいます。
1948年、玉川上水に愛人と入水自殺を図り生涯を閉じます。
グッド・バイの特徴
作品全体を通してオシャレなコメディタッチの雰囲気があります。
時代背景は戦後から3年ほどの復興途中の貧しい日本なのですが、それでも登場人物には悲観的な感情は感じられません。
そういった時代を力強く生きている人々の打算的な思惑がむき出しになっているところが可笑しく感じられます。
グッド・バイの主要登場人物
田島周二 |
雑誌の編集長という肩書きを持ちながら闇稼業で稼いでいる。愛人を10人ほど囲っており、関係を清算しようと決意する。 |
永井キヌ子 |
田島の商売仲間。担ぎ屋でありながら「すごい美人」な容姿の持ち主。 |
グッド・バイの簡単なあらすじ
雑誌の編集長である田島は戦時中に結婚した後妻と前妻の間にできた娘を実家に預けて、東京で一人暮らしていました。
戦後の混乱に乗じて裏稼業で稼いでいた田島は10人ほど愛人を囲っていました。
戦争から3年たち気持ちに変化が生じます。
家族を東京に呼び、闇稼業からも足を洗い編集の仕事一本にし、生活を再建させようと思い立ったのです。
そのためにはすることがあります。
10人の愛人といかにうまく別れるか。
知り合いの文士にアドバイスを求めると意外な方法を提案されました。
絶世の美女をつれていき結婚するので別れてほしいといえば皆納得するというのです。
果たしてその通り事は運ぶのでしょうか。
グッド・バイの起承転結
【起】田島の決意
文壇の大家の告別式の帰り道、田島周二は初老の文士と相合傘で歩いていました。
文士は大家の女好きの話の流れから田島の女関係に忠告してきました。
田島はすべてやめるつもりだと答えました。
田島は34歳の好男子で、雑誌「オベリスク」の編集長をしています。
ところがそれは表向きの顔で、裏では闇商売でしこたま儲けているのでした。そのお金は酒と女につぎ込んでおり、愛人を10人近く囲っているのでした。
そんな派手な暮らしをしている田島でしたが実は2度、結婚しています。
前妻は肺炎で亡くなってしまいましたが娘がいました。
後妻とは疎開先で知り合いそのまま結婚したのでした。
現在はその後妻の実家に娘も預け、東京で1人アパート暮らしをしているのでした。
そんな生活も3年がたち気持ちに変化が生じてきました。
闇稼業から足をあらい雑誌の編集に専念し、小さい家を買い妻子を呼び寄せて普通に暮らそうと考えるようになりました。
そのためには、まずやらなければならない事があります。
愛人たちと上手に別れる事です。
その方法がわからず途方に暮れている田島は居合わせた文士に相談してみようかと思います。
文士は冗談を言って茶化してきましたが、別れ際に妙案を切り出しました。
器量のいい女性に事情を話して女房役をやってもらうのだと言います。
そしてその女を伴って愛人たちを訪ね、別れ話を切り出すのだといいます。
きっと愛人たちはだまって引き下がるだろうというのです。
藁にもすがる思いの田島はその案に乗る事にしました。
【承】「絶世の美女」キヌ子
問題はその女房役を誰に依頼するかという事でした。
思案を巡らせますがなかなか適任と思われる人はみつかりません。
フラフラと新宿の闇市を歩いていると後ろからカラスの鳴き声の様な声で呼び止められました。
それは闇物資の取引をしたかつぎ屋で永井キヌ子という女でした。
やせた女でしたが怪力の持ち主で記憶していました。
20代中盤の女はよく見るとほっそりとして顔には憂を含んでいて身なりを整えれば美人と呼べない事もないと思いました。
後日、田島はキヌ子と食事に行く事にしました。
現れたキヌ子は普段のもんぺ姿とは違いよそ行きの格好をしていました。
並んで歩いていると大抵の男は振り返る、キヌ子は間違いなく美人なのでした。
田島は馴染みの料理屋へキヌ子を案内します。
そこで例の話を切り出したのでしたが、キヌ子はトンカツを食べる事に夢中でした。
トンカツだけでは満足しないキヌ子はコロッケやそば、うなぎ、寄せ鍋と次々に注文していきます。
田島は依頼料とは別にかつぎ屋の仕事分の給料を保証すると申し出ます。
ただし訪問先では話す事と食べる事を禁じました。
【転】「最初の行進」
週に1度ぐらいキヌ子の仕事終わりに愛人たち会いに行く事になりました。
最初は日本橋にあるデパートの美容室に向かいます。
そこには30歳前後の青木さんという戦後未亡人が勤めていました。
客として訪れた田島に青木さんの方から近寄って行った様な形で関係が始まりました。
青木さんは築地の寮に住んでいましたが生活費はギリギリでした。
田島がその分を補助するという関係で二人の仲は周囲からも公認のものとなりっていました。
田島は青木さんに「今日は女房を連れてきました」とキヌ子を紹介します。
田島は律儀な一面があり、愛人たちに対しても妻子があるという事は言っているのでした。
青木さんはキヌ子の淑女っぷりに参ってしましい、泣きべそをかいてしまいました。
田島は調子にのってキヌ子の髪をセットしてほしいと青木さんに頼んで、その場を離れるのでした。
セットが終わった頃に田島は戻ってきました。
紙幣の束を青木さんの上着のポケットに入れて耳元で「グッド・バイ」と囁きました。
いたわるような、あやまるような、優しい口調でした。
田島はとてもわびしい気持ちになりました。
別離とはくるしいものだという気持ちを飲み込みその場を立ち去ります。
キヌ子はなんでもないような顔をしてデパートで高級品を物色しはじめます。
支払いをさせられた田島はキヌ子に少しは遠慮するように促します。
するとキヌ子はそれなら協力はしないと答えるのでした。
【結】キヌ子、攻略なるか!?
そこで田島は一計を案じます。
キヌ子を女として攻略する事で従順にしてしまおうと考えたのです。
田島はピーナッツとウイスキーを持ってキヌ子の家を訪ねます。
それで酔いつぶれたふりをして泊まってしまえばこっちのものだという算段です。
なんとも恥知らずな作戦であると自認していますが、これまでに遣わされたお金の事を考えると鷹揚に構える事ができませんでした。
キヌ子の家は木造の2階だてのアパートでした。
キヌ子の部屋は酷い有様でした。
商売道具が散乱し、悪臭が立ち込めていました。
とても20代の娘の部屋とは思えないとたじろいでいるとキヌ子は上等なカラスミを仕入れたので買うように勧めてきました。
酒飲みの田島はカラスミに目がりません。
ウイスキーのさかなにちょうど良いと購入して酒盛りを始めるのでした。
口説きにかかる田島にキヌ子はいつもの調子でつっけんどうな態度をとっています。
田島は埒があかないと焦ってきました。
少し時間は早いが酔いつぶれたふりをして寝てしまおうとするとキヌ子はその魂胆を見抜きます。
ドアを開け放ち帰るようにいうキヌ子に田島は抱きつきます。
すると怪力のキヌ子に殴られてしまいました。
田島は色男のプライドをズタズタに切り裂かれて寂しく帰って行きました。
キヌ子の怪力を体験した田島はこれを使わない手はないと思い至りました。
投資に見合った成果を得なければと1日5000円ぽっきりで連れ出す事にします。
今度は水原ケイ子という30歳前の洋画家のところへ別れを告げに行くことにします。
ところがこのケイ子には軍人の兄がいるとのことでした。
下手をしたら殴られる様なことになるかもしれない。
そこで怪力のキヌ子をボディガードも兼ねて連れて行くこのにしたのです。
グッド・バイの解説(考察)
主人公の田島は酒と女に目がないだらしない男です。
ですが、その一方で妻子を養い、愛人たちにもその事は話しています。
愛人たちはそれを承知で田島との関係を続けているのです。
愛人といえどもお金だけでは結べない関係となっているのでしょう。
そこにはどこか憎めない田島という男はとても魅力的です。
どんなに悪い事をしても許されてしまいます。
なんだか誰かに似ているように思えませんか?そう、太宰治自身です。
飄々としていて女にモテて、道化を演じられる太宰だからこそ描けたキャラクターなのでしょう。
グッド・バイの作者が伝えたかったことは?
いたって軽薄な男の田島がこれまでの自堕落な生活から脱却し、しっかりとした所帯を持とうとするところから始まります。
これは太宰自身の生活と重なる部分もあるのではないでしょうか。
酒や女に溺れ、薬物、自殺未遂など荒れに荒れた20代から井伏鱒二の仲介で結婚し子供をもうけてからの太宰は作風も一変します。
再起を図ろうとする男の気持ちを理解している太宰ならではのストーリーになるはずだったのではないでしょうか
グッド・バイの3つのポイント
伊坂幸太郎のオマージュ作品
「バイバイ、ブラックバード」双葉社より2010年に刊行されました。
本作では別れ告げる女性は5人と半減しています。
ドラマ化もされていてキヌ子のオマージュである繭美役を城田優が怪演しています。
実は決まっていた物語のオチ②
執筆を依頼した朝日新聞の文芸部長が証言しています。
愛人たちと「グッド・バイ」と次々と別れていきますが、最後には自分の妻から「グッド・バイ」されてしまうというのが構想されていたようです。
コメディ映画化
太宰治の「グッド・バイ」をケラリーノ・サンドロヴィッチさんがコメディとして戯曲化し舞台で演じられました。
また、その作品を映画化したのが「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」です。
大泉洋さんと小池栄子さんが田島とキヌ子を好演しています。
グッド・バイを読んだ読書感想
「女にモテる男」というのがよくわかりました。
田島はまさにモテる男です。
おしゃれで口がうまく、仕事ができて甲斐性がある。冗談も上手でそれでいて誠実でもある。
これでは女が放っておかないのもわかる。
それをしっかり理解して行えるところが田島の憎めないところなのである。
それはきっと太宰自身も経験から理解しているモテる男像なのではないでしょうか。
グッド・バイのあらすじ・考察まとめ
本作が発表されたのが1948年というと終戦から3年後です。
作中の田島も3年後に生活の再建を思い立ちます。
小説の時代背景は当時の「現在」だったという事になります。
その時代にもこんなコメディタッチな作品が世の中で読まれていたという事に驚きました。
焼け野原から3年、復興し始めた頃の貧しい日本に少しでも笑いで元気づけようとしたのかもしれません。