あらすじ

杜子春のあらすじとネタバレ 読書感想から考察まで徹底解説/芥川龍之介

杜子春あらすじ・ネタバレ

大人になってから読みたい童話を一つ挙げるなら、私は「杜子春」をおすすめします。

「読んだことはないけど、名前は聞いたことある!」という方も多いのではないでしょうか。

子どものころ、絵本で読んだという方もいるかもしれません。しかし、「芥川龍之介の原文で読んだことがある」という方はあまり多くはないかと思います。

今回はそんな芥川龍之介の「杜子春」のあらすじや魅力から、より楽しむためのポイントなどを詳しく解説していきます。

「杜子春」とは?

作者名 

芥川龍之介

発売年

1920年(大正9年)

ジャンル

童話(児童文学)

杜子春とは芥川龍之介の描いた童話で、1920年に発売されました。

芥川龍之介のプロフィールと杜子春の特徴を紹介していきます。

芥川龍之介のプロフィール

芥川龍之介は、1892年(明治25年)東京に生まれました。

生後7か月で、母が精神に異常をきたしたため、母の実家・芥川家に預けられ、のちに養子となります。

東京帝国大学在学中に執筆した「鼻」を夏目漱石に高く評価され、本格的な作家デビューを果たしました。

その後、10年あまりの作家生活の中で、数多くの短編小説を発表し、大正期を代表する作家としての地位を確立します。

そして最期は1927年、「唯ぼんやりした不安」との遺書を遺し、睡眠薬自殺します。

享年35歳でした。

杜子春の特徴【「杜子春」は芥川の数少ない童話のひとつ】

「杜子春」は、10作書かれた芥川の童話の中のひとつです。

同じ漱石門下の先輩である鈴木三重吉が主宰する雑誌「赤い鳥」で発表されました。

中国の小説『杜子春傳』を題材としていますが、子ども向けの作品として、芥川龍之介の独自の解釈を加えています。

のちに芥川龍之介は、「2/3以上創作」と語っています。

杜子春の主要登場人物【「杜子春」の主要登場人物は3人】

 

杜子春

唐の都・洛陽の落ちぶれた若者

鉄冠子

片目眇の老人、実は仙人

杜子春の母

地獄で畜生道に落とされ、馬の姿をしている

杜子春の簡単なあらすじ

杜子春とは簡単にまとめると、次のようなお話です。

唐の都・洛陽で暮らす落ちぶれた若者である、杜子春は仙人に出会い不思議な力で大金持ちになります。

そのお金で贅沢三昧の暮らしをするものの、お金があるときには寄ってきて、貧乏になれば去っていく人間たちに愛想を尽かし、人間を超越した仙人になろうと決意します。

そして仙人にそのことを相談すると「何があっても声を出すな」と言い渡されます。

杜子春は言いつけを守るためにどんな責め苦にも耐え抜きますが、最後に、地獄で再会した父母、とりわけ母の慈愛に満ちた言葉を聞いて、ついに「お母さん」と叫んでしまいます。

それを見て仙人は、「もし黙っていたら、即座に命を絶とうと思っていた」と告げ、杜子春に家と畑を与えました。

杜子春の起承転結

ここからは杜子春を起承転結で分けてもう少し詳しく、物語のあらすじを説明していきます。

【起】杜子春のあらすじ①【不思議な老人との出会い】

唐の都・洛陽の西門の下。

ある春の日暮れ時、杜子春という名の若者が、ぼんやりと空を見ていました。

元は金持ちの息子でしたが、今はすっかり財産を使い果たし、その日の暮らしにも困る身分です。

いっそ川に身投げしようかと考えているとき、ある老人に出会います。

老人の言いつけにしたがい、自分の影の頭のところを掘ると、山のような黄金が埋まっていました。

杜子春は一日のうちに大金持ちとなって、贅沢三昧の暮らしを始めます。

すると、これまで挨拶もしてくれなかった友人たちが、こぞって杜子春のもとを訪れるようになりました。

しかし、そんな暮らしも長くは続かず、杜子春はまた貧乏に。

そして、友人たちは去っていきます。

再び西門の下で空を見上げていた杜子春のもとに、またあの老人が現れます。

杜子春は老人の言いつけにしたがい、自分の影の胸のところを掘り、再び黄金を手にしました。

そして大金持ちになり、同じことを繰り返して貧乏になってしまいます。

【承】杜子春のあらすじ②【仙人になろうと弟子入り】

三度目にまた老人が現れ、今度も大金持ちになる方法を授けようとします。

しかし、杜子春はそれを断ります。

それは、「人間というものに愛想が尽きた」からでした。

金持ちになれば寄ってきて、貧乏になれば冷たく離れていく友人たち。

人間の薄情さに嫌気がさした杜子春は、老人を仙人と見破り、弟子入りを願い出ます。

仙人は杜子春の願いを受け入れ、峨眉山(がびさん)の険しい頂へと連れていきます。

そして、杜子春に言い渡すのです。

「自分がいない間、決して声を出してはいけない」と。

老人の去ったあと、さまざまの魔性のものが襲いかかりますが、杜子春は仙人の言いつけを守って、決して声を上げません。

そしてとうとう、怒り狂った神将に殺されてしまいます。

【転】杜子春のあらすじ③【地獄に落とされた杜子春が見たものは】

杜子春の魂は地獄に行きます。

そこでも、杜子春はさまざまの責め苦を受けましたが、決して声を出しません。

閻魔大王はとうとうしびれを切らし、畜生道に落とされていた杜子春の父母を引き立ててきます。

父母は、馬の姿に変えられていました。

そして、杜子春の眼前で彼らを激しく鞭打ちはじめるのです。

【結】杜子春のあらすじ④【杜子春のたどり着いた境地】

眼をつぶって耐えていた杜子春に、母の声が聞こえてきます。

「私たちはどうなっても、お前さえ幸せならそれでよいのだよ」。

その瞬間、杜子春は眼を開けて、母の頭を抱き、泣きながら「お母さん」と叫んでしまったのでした。

次の瞬間、杜子春はもとの洛陽の街に戻っていました。

仙人は言います、「とても仙人にはなれはすまい」。

杜子春は、「なれなかったことも、かえって嬉しい気がします」と答えます。

仙人は、もし杜子春が黙っていたら、即座に命を絶つつもりだったと告げ、これから先何になりたいかを尋ねます。

「何になっても人間らしい、正直な暮らしをするつもりです」。

晴れ晴れとそう応じた杜子春に対し、老人は桃の花の咲く家と畑を与えることを伝え、物語は終わります。

杜子春の解説(考察)【「杜子春」の考察 自分で考える若者】

この物語の大事なポイントは、杜子春が仙人に導かれながらも常に自分で気づき、自分で答えを見出しているということです。

仙人の言いつけを聞いて大金持ちになった杜子春は、金があれば寄ってきて貧乏になると手のひらを返したように冷たく突き放す人間たちに愛想を尽かし、「お金はもう入らない」と悟ります。

次に、人間に愛想を尽かして仙人になろうとした杜子春は、自分のことならばどんな責め苦にも耐え抜きますが、とうとう母の言葉に打たれ、仙人の言いつけを破ってしまいます。

けれども、そのことを「かえって嬉しく」思う境地に至っているのです。

物語を通して杜子春は明らかに人間として成長し、自分で答えを見出していると言えます。

杜子春の作者が伝えたかったことは?杜子春が語る「人間らしい、正直な暮らし」

杜子春の感じた人間の薄情さは、今を生きる私たちの誰もが思い当たることがあるのではないでしょうか。

最後に杜子春が語る「人間らしい、正直な暮らし」。

けれど、作者・芥川はあえて「答え」を明示してはいません。

読者に考えてもらおうとしているのです。

優れた文学作品はつねに答えを読者に委ねます。 

「杜子春」をより楽しむための3つのポイント

「杜子春」を読むうえで、知っておくとより楽しい知識をご紹介します。

ポイント①【原典と大きく違う結末】 

中国の小説『杜子春傳』では、杜子春は死んで女に生まれ変わり、結婚して子どもをもうけますが、仙人の言いつけを守り一切声を出しません。

そして、そのことに怒った夫が子どもを殺してしまったとき、はじめて声を発するのです。

仙人は、もうすぐ仙薬ができるところだったのに、と杜子春を責めます。

芥川は、『杜子春傳』をテーマとしながらも、まったく逆の結論を導き出しています。

ポイント②【「赤い鳥」の特徴」】

「杜子春」が掲載されたのは、漱石門下の鈴木三重吉が、童話と童謡の革新を目指して1918年に創刊した雑誌「赤い鳥」でした。

芥川龍之介の他にも、有島武郎、菊池寛、西條八十、北原白秋など多彩な作家、作詞家が寄稿しています。

一流作家が子どものために創作するということ自体が、当時は非常に新しいことでした。

いわば、大正デモクラシーの動きを先取りしたものといえるでしょう。

ポイント③【『蜘蛛の糸』との違いは?】 

「赤い鳥」創刊号に掲載された芥川龍之介の童話のもう一つの代表作と言える『蜘蛛の糸』。

地獄に落ちた悪人犍陀多(かんだた)が、生前たった一つ為した良い行いは蜘蛛を殺さなかったことでした。

極楽から犍陀多の姿を見た蜘蛛は、お釈迦様に頼んで、犍陀多に救いの糸を垂れます。

この糸をよじ登っていた犍陀多は、糸が切れることを恐れて、後からついてくる地獄の亡者たちを叩き落そうとします。

その瞬間、蜘蛛の糸は切れ、犍陀多は再び地獄へと落ちていってしまいます。

ここでは、人間のむき出しのエゴイズムが描かれています。

『蜘蛛の糸』から『杜子春』への、芥川の心境の変化も興味深いところではないでしょうか。

杜子春を読んだ読書感想

芥川龍之介は、この作品で何を伝えたかったのでしょうか。

一般に「芸術至上主義者」であるとか、「皮肉屋」であるとか評される芥川龍之介ですが本当にそうなのでしょうか。

杜子春は、「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔しい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持になった所が、何にもならないような気がするのです。」と語ります。

しかし杜子春は、人間に愛想がつきながらも、なお、自分のことだけを考えていました。

仙人になるという自分の願いを叶えるためならば、どんな試練にも耐え抜こうとします。

けれど母の言葉に、はじめて突き動かされ声を発します。

エゴイズムにとらわれていた杜子春が、それを突破した瞬間であるといってもいいでしょう。

最後に、晴れ晴れとした顔で、「人間らしい、正直な暮らし」を語る杜子春。

これこそ、芥川が生涯追い求めたテーマだったのではないでしょうか。

杜子春のあらすじ・考察まとめ

贅沢と貧乏を繰り返す中で、杜子春が感じたもの。

それは、贅沢や貧乏そのものよりも、周りの人間のそのときどきの態度の違い、「薄情」でした。

こういう着眼点を持つ杜子春だからこそ、仙人はあえて杜子春を試そうとしたのかもしれませんね。

多くの優れた文学作品の例にもれず、「杜子春」は読者に多彩な読み方、感じ方を提供します。

大人になってからも、いえ、大人になったからこそ読みたい童話なのです。

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