「饗応夫人(きょうおうふじん)」とは、多くの名作を残した太宰治による短編小説です。
「優しさ」の形とは何かを、ある奥さまの姿から描いた物語です。
リアルな感情の機微を通して、人間について考えさせられるこの作品。
果たして、「饗応夫人」で描かれた「優しさ」とは何なのでしょうか?
そして、このタイトルの意味とは?
作者がこの作品を通して伝えたかったことは?
今回は、そんな「饗応夫人」のあらすじや感想から考察までを詳しく解説していきます!
「饗応夫人」とは?
「饗応夫人」とは、太宰治による短編小説です。
この作品の「奥さま」は、女流画家である桜井浜江がモデルであるといわれています。
太宰とは東京帝国大学時代からの知人で、彼女のアトリエに足を運ぶなど交流があったといいます。
太宰は桜井の画材を使って絵を描くこともあったそうで、津島家寄託資料の中には4点の油絵が残されています。
実在の女性をもとにしていることもあり、奥さまの言動には生々しさとリアリティが感じられます。
作者名 |
太宰治 |
発売年 |
1948年 |
ジャンル |
短編小説 |
時代 |
昭和 |
太宰治のプロフィール
「饗応夫人」の作者である太宰治は、明治42年6月19日に青森県で生まれました。
数々の文学作品に親しんでいましたが、中でも井伏鱒二の「山椒魚」には強い衝撃を受けたといいます。
自身も作家活動を始めた後は井伏鱒二に弟子入りしており、彼の存在は太宰の人生に大きな影響を与えました。
太宰の作品は、自身の感性の活かした美しく悲しい結末のものが多数残っています。
まるで太宰の生き様を反映しているようであり、その作風から希望や夢を抱いた人生ではなかったことがうかがえます。
饗応夫人の特徴
「饗応夫人」は、奥さまの家で女中として働くウメの視点から語られる作品です。
弱々しい奥さまがどのように生きているのかが、鋭い視点で描かれています。
作中では、「小鳥」「狼」「コマ鼠」などの動物を用いた表現があります。
奥さまは小さく弱い動物とし、笹島は強い狼として表されています。
このような細かい表現で、強いものと弱いものの立場が暗に描かれています。
饗応夫人の主要登場人物
ウメ |
この物語の語り部。女中として働いている。 |
奥さま |
弱々しい婦人。戦争で主人は消息不明となっている。 |
笹島 |
40歳前後で、医学士をしている。主人とは中学の同級生。 |
饗応夫人の簡単なあらすじ
奥さまはお客をもてなすことが好きな人ですが、その姿はお客におびえているようにも見えました。
主人の友人である笹島は頻繁に家に来ては、ずうずうしく料理やお酒の注文をつけます。
あつかましく友人たちを連れて飲み食いをすることもあり、笹島のせいで家は滅茶苦茶になったと女中のウメは思います。
ある日体調を崩した奥さまは隠れて里へ帰ろうとしますが、家に来た笹島と鉢合わせてしまいまたいつものように接待を始めます。
ウメは奥さまの優しさに呆然とするとともに、人間の貴さというものを知るのでした。
饗応夫人の起承転結
【起】饗応夫人のあらすじ①
奥さまはお客をもてなすことが好きな人ですが、その姿はお客におびえているようにも見えました。
あわただしくお客を迎え、お鍋をひっくり返したり皿を割ったりと、もてなしをするために走り回るのでした。
とにかく忙しく動き、お客が帰った後は呆然と座ったまま、涙ぐむことさえありました。
ここの主人は戦争で消息不明となっており、家には奥さまと女中である自分(ウメ)が住んでいます。
【承】饗応夫人のあらすじ②
主人が戦争から帰らないことから、奥さまのお客への接待は気の毒で見ていられないほど過度なものになりました。
そんな中、主人の友人である笹島は頻繁に家に来ては、ずうずうしく料理やお酒の注文をつけます。
そして奥さまへ向けて、あなたはましな暮らしをしている、私の方が不幸せだと自分のことばかり話すのです。
あつかましく友人たちを連れて飲み食いをすることもあり、笹島のせいで家は滅茶苦茶になったと女中のウメは思います。
【転】饗応夫人のあらすじ③
奥さまは無理がたたり、段々と体を悪くしてしまいました。
そしてある日、かなりの量の血を吐いてしまいます。
隠れて里に帰って休んでくださいとウメは奥さまに言い聞かせ、荷造りをします。
里の福島までは奥さまを送っていこうと、自分の分も含めて切符を二枚準備し、出発するため玄関へと出ます。
その瞬間、運悪く酔っぱらった笹島と鉢合わせてしまうのでした。
奥さまは家の中へ笹島を招き、またいつものように接待を始めます。
【結】饗応夫人のあらすじ④
接待の中お使いに出されたウメは、財布代わりに渡された奥さまのハンドバックを開きます。
その中には、二つに引き裂かれた切符が入っていました。
これは恐らく、笹島に会ったとたんに奥さまが自分で引き裂いたに違いありません。
ウメは奥さまの底知れぬ優しさに呆然とするとともに、人間の貴さというものを知りました。
そして奥さまと同じように自分の切符を二つに引き裂き、お使いを続けるのでした。
饗応夫人の解説(考察)
饗応とは、相手の機嫌をとりへつらう、酒や料理で相手をもてなすなどの意味があります。
もちろん饗応夫人とは、奥さまのことを指しています。
ただ酒や料理を楽しくふるまうのではなく、相手より下の立場でいることがタイトルからも分かります。
文句も言わずに一心不乱もてなし続ける奥さまの姿からは、何かから逃れようとしている様子もうかがえます。
饗応夫人の作者が伝えたかったことは?
ウメは、奥さまの底知れぬ優しさと人間の貴さというものに気づきます。
それは動物にはないもので、人間だけが持ち合わせているのだと感じたのです。
奥さまの狂気にも近い優しさは、自分が苦しんででも他人を優先させる姿から読み取れます。
ウメの最後の行いこそが、この作品のテーマとなっている優しさの形を表していると思います。
饗応夫人の3つのポイント
ポイント①奥さまは不幸?
奥さまは、主人の消息も分からないまま苦しい状況で暮らしています。
奥さまはウメに、笹島たちは自分がもてなすことで楽しんでいるのだから、それで良いといいます。
まるで自分に言い聞かせているようでもあり、自ら苦しみを選んでいるようにも見えます。
自分の家をいいように使われているこの状況を認めたくなく、不幸をごまかしているようにも感じ取ることができます。
ポイント②主人の消息は?
ウメが働く家の主人は、戦争で消息不明となっています。
すでに亡くなっていることも考えられますが、生きている可能性も0ではありません。
もし主人が帰ってきた時のことを考えると、奥さまのもてなしはどう変わるでしょうか。
消息不明として描かれていることで、これから先の可能性が想像できる面白さがあります。
ポイント③笹島の役割は?
笹島は終始、奥さまの家でずうずうしく入り浸ります。
奥さまにこと細かく注文し、家を宿代わりに使うなど、いかに悪い人間であるかが分かります。
しかし、笹島のこの人間性や行動から、奥さまの優しさが際立ちます。
笹島の悪が目立つことにより、奥さまの善の部分がより印象付けられるようになっています。
饗応夫人を読んだ読書感想
身勝手な振る舞いをする笹島にさえも、奥さまは優しく丁寧に対応し続けています。
主人が消息不明であるのにそこまでする必要はあるのか、という疑問はありますがそれが奥さまの生まれ持った優しさなのでしょう。
しかし、笹島のような人間がこれから先見返りをくれるとは思えません。
この先も奥さまのもてなしと優しさは続くのかもしれないと思うと、やりきれない思いになりました。
饗応夫人のあらすじ・考察まとめ
ある奥さまの言動に焦点を当て、優しさの形を描いたこの作品。
その優しさは暖かく思いやりのあるものではなく、少し歪んでいます。
人間だけが持つ感情というものは、良いものばかりではないのかもしれません。
優しさや苦しみといった感情表現に触れたい方はぜひ読んでみてください!