夜になると、なんだか物思いにふけって、昼間には考えなかったようなことを考えてしまうということは、誰にでも経験があると思います。
また同じように旅というものも、なんだか開放的な気分になったり、いつもとは違う自分を見つけたり感じたりできる時間ですよね。
この記事では、そんな“夜“と“旅“をテーマにして書かれたホラー小説、森見登美彦作「夜行」を紹介します。
作品のあらすじからネタバレ、感想・考察までを徹底的に解説していきます。
「夜行」とは?
この作品では、久しぶりに京都へ集まった登場人物たちが、1枚の絵に関連した旅の思い出を語っていきます。
登場人物たちが語る話は、どれもつかみどころのない不気味さ、説明できない怖さがただよっていて、読者にひやりとした感覚を味わわせてくれます。
ホラー小説でありながら、読んだ後は爽やかな印象が残り、最後はホッとさせてくれる物語でもあります。
作者名 |
森見登美彦 |
発売年 |
2016年 |
ジャンル |
ホラー、ファンタジー |
時代 |
現代 |
作者名のプロフィール
森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979年、奈良県生まれ。
京都大学農学部を卒業し、その後大学院で農学研究科の修士課程を修了しています。
2003年、在学中に執筆した「太陽の塔」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、デビューしました。
そして、2007年には「夜は短し歩けよ乙女」で山本周五郎賞を受賞しました。
作者名の代表作
主な作品は、「四畳半神話大系」「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」「熱帯」などです。
作者の著書の多くは、京都を舞台として書かれています。
作品は明るく、面白おかしい青春小説や、ファンタジー小説など京都の“陽“の面を表す物語が特徴です。
そのかたわら、「きつねのはなし」「宵山万華鏡」など、京都の怪しさを感じ、ヒヤリとさせられるようなホラーもまた、作者が書く作品の魅力のひとつです。
夜行の主要登場人物
長谷川さん |
10年前の火祭りで失踪した英会話サークルの仲間のひとり。 |
大橋君 |
長谷川さんの失踪後、集まることがなかったかつての英会話サークルのメンバーたちに、火祭りに行こうと呼びかけた人物。 |
中井さん |
第一夜の語り部。奥さんをめぐる尾道での出来事を語る。 |
武田君 |
第二夜での語り部。奥飛騨での旅の様子を語る。 |
藤村さん |
第三夜の語り部。銀座の画廊で働いている。津軽までの旅路を語る。 |
田辺さん |
第四夜の語り部。サークル仲間の中で最年長のメンバー。天竜峡を目指して乗った列車の旅について語る。 |
岸田道生氏 |
物語の鍵となる銅版画の連作「夜行」の作者。作品製作のために昼夜逆転の生活を送っていた。 |
夜行の簡単なあらすじ
10年前に英会話サークルのメンバー、長谷川さんが失踪してから、サークル仲間で集まることは無くなっていました。
ちょうど10年が経ったタイミングで、サークルのメンバーのひとりである大橋君が、長谷川さんが消えた夜と同じ、鞍馬の火祭りへ行こうと仲間たちに呼びかけました。
呼びかけに応じて集まったかつてのメンバーたち。火祭りへ出かけるまで、貴船の宿で鍋を囲みながら話します。
大橋君は、昼間に寄った画廊で見た、「夜行」という岸田道生氏作の連作銅版画について話します。
すると、仲間たちは次々に自分もその絵を見たことがあると、次々にその絵にまつわる旅の出来事を語っていったのでした。
夜行の起承転結
【起】夜行のあらすじ①
10年ぶりに集まった仲間たち
10年前、鞍馬の火祭りで、英会話サークルのメンバーであった長谷川さんが失踪してしまいました。
それ以来、英会話サークルのメンバーが集まることはありませんでした。
しかし、メンバーのひとりである大橋君の呼びかけによって、久しぶりに京都で集まることになりました。
メンバーたちは貴船の宿で、10年ぶりに火祭りへ行こうと、祭りまでの時間を鍋を囲んで過ごしていました。
その中で、大橋君は昼間画廊で見た銅版画、「夜行」について語りました。
その作品は、岸田道生氏という人物が作者で、「尾道」「伊勢」「野辺山」「奈良」「会津」「奥飛騨」「松本」「長崎」「津軽」「天竜峡」などのタイトルが並ぶ、全部で四十八作ある連作だといいます。
いずれも、夜の風景の中に、ひとりの女性が佇んでいる不思議な絵です。
その話を聞いたメンバーたちは、その絵と作者に心当たりがある様子でした。
そして、まず奥さんを迎えに行くために尾道へ行ったという中井さんが、「夜行」にまつわる旅について話し始めました。
それは5年前のことでした。しばらく様子が変だった中井さんの奥さんは、ある日突然、今尾道へ来ていると言います。
奥さんを迎えに行った中井さん。奥さんが滞在しているという雑貨店を訪ねると、奥さんによく似た女性がいましたが、奥さんのことは知らないと言います。
中井さんは、人が住んでいるとは思えないその家の様子に気味が悪くなり、逃げるようにして家を出ました。
予約してあったホテルへ到着すると、ロビーに飾られていた1枚の絵が目に留まりました。
それは岸田道生という人物が書いた「夜行ー尾道」という作品でした。
こちらへ呼びかけるようにして右手を挙げている女性が描かれていて、見ているとなんだか不気味さと懐かしさの両方を感じる、そんな絵でした。
絵を見ていると、「お気に召しましたか?」とひとりのホテルマンが声をかけてきました。
そのホテルマンは、自分は中井さんが雑貨屋で会った女性の夫だと言います。
しかし、同時に妻は出て行ってもうあの家にはいないと言うのです。
そんな中、雑貨屋で会った女性から電話がかかってきました。女性は、自分は夫によって家に閉じ込められている、助けて欲しいと言います。
中井さんは指定されたお寿司屋さんで女性を待ちますが、やってきたのは先ほどのホテルマンでした。ホテルマンは、あの家には誰もいないはずだと言います。
中井さんには一体何が起こっているのか分かりませんでしたが、昼間の女性は自分の奥さんに違いないと思うのでした。
そして、止めるホテルマンと争ってまでも、自分の奥さんを迎えに行こうとします。雑貨屋のあの家に辿り着くと、そこには奥さんがいました。
しかし、中井さんは変身してしまった奥さんを連れ戻すことはできないことを悟り、奥さんとともに雑貨屋の高台の家に帰って行ったのでした。
【承】夜行のあらすじ②
「夜行」を巡る物語
2番目に語り始めたのは、武田君でした。
武田君は4年前、職場でお世話になっていた増田さんという人に誘われて、飛騨へ出掛けたと言います。
旅のメンバーは増田さんと、彼の恋人の美弥さん、彼女の妹である瑠璃さんでした。
そのメンバーでは、何度か遊んだことがありましたが、なかなか気楽な旅の道連れとは言えないメンバーでした。
増田さんに「頼むよ」と言われたこともあり、穏やかな旅となるよう一役買えればと思って、武田君はその旅行に参加することにしました。
武田君の努力の甲斐もあり、旅の前半は穏やかに過ごすことができていました。
しかし、翌日松本からレンタカーを借りて飛騨高山へ向かう段になると、美弥さんの機嫌がどういうわけか悪くなっていました。
なんとか雰囲気を良くしようと頑張った武田君でしたがどうにもならず、車内の空気は重いものとなってしまいました。
そんな中、峠道を飛騨高山へ下ろうとする途中で、ひとりのおばさんに出会います。
車が立ち往生して困っているところを、増田さんは目的地まで乗せてあげようと言いました。
美弥さんは嫌がりましたが、増田さんは朝から不機嫌な美弥さんへの腹いせのつもりか、おばさんを同乗させることを決めてしまうのでした。
そのおばさんは「ミンマ」と名乗る女性でした。ミンマさんは「私は未来を見るんです。」と不思議なことを言いました。
瑠璃さんが自分はどんな風に見えるか、と尋ねると、不意に「東京へお戻りなさい」と言います。
ミンマさんは続けて「お二人の方にシソウ(死相)が出ています」と言いました。
それを聞いた面々は、その言葉を鵜呑みにすることはありませんでしたが、瑠璃さんだけはなんだか怯えた様子です。
飛騨高山に着いてから、増田さんと瑠璃さんとはぐれてしまいます。
2人を見つけて入った喫茶店で、武田君は「夜行ー奥飛騨」というタイトルの絵を見ました。
描かれている女性が少し美弥さんに似ていると思い、なんだか得体の知れないものを感じるのでした。
道中では色々なことがありつつも、一行はなんとか奥飛騨の宿に到着しました。
しかし、宿に着いてから美弥さんの姿が見えなくなっていました。
美弥さんを探しに行くと言って出ていった増田さんも、なかなか戻ってきません。
すると瑠璃さんは、「増田さんは出ていったんです」、「お姉ちゃんは死にましたよ」と、奇妙なことを言いました。
そう言う瑠璃さんがなんだか苦しんでいる様子で、武田さんは慌てて電話をかけようとします。そして振り返ると、そこにいたはずの瑠璃さんの姿はありませんでした。
武田さんはひとりで温泉へ入りに行きます。
ひとりで湯に浸かっていると、そこへ姿が見えなくなっていた美弥さんが現れ、武田さんの隣へ身を沈めました。
2人は、「美弥さん、こんなところにいたんですね」「こんなところにいたのよ」と、言葉を交わしたのでした。
3番目に、藤村さんが語り始めます。
それは3年前に、藤村さんと、藤村さんの旦那さん、旦那さんの同僚である児島君の3人で、青森へ行った時の話だと言います。
その旅は、青森までの夜行列車の旅でした。3人が夜の車窓を流れる景色を見ていると、一瞬、火事になって燃えている家が見えました。
弘前駅に到着し、児島君の案内についていくと、見覚えのある家に辿り着きました。
藤村さんは、勤務先の画廊で見た「夜行」という連作の銅版画の、「津軽」というタイトルの作品を思い出しました。
目の前の家は、その絵の中で描かれていた家にそっくりでした。
家の様子を見ていると、急に児島君の姿が見当たらなくなってしまいました。
気味悪く感じた藤村さんと旦那さんは、その場を離れることにします。
その後に児島君と連絡が取れたものの、チェックインするはずのホテルにはまだ着いていないようでした。
旦那さんと2人で旅を続けていると、藤村さんは幼少の頃にいた「佳奈ちゃん」という友達を思い出します。
旦那さんと青森の市場を歩いていると、佳奈ちゃんがこちらに向かって手を振っているのが見えました。
藤村さんは、自分が勤める画廊で「津軽」の銅版画を見たときのことを思い返します。
聞いた逸話では、岸田道生氏は連作「夜行」の対となる、秘密の連作「曙光」という作品を同時に描いていたと言います。
「夜行」が永遠の夜を描いた作品だとすると、「曙光」はただ一度きりの朝を描いた作品であると岸田道生氏は語ったそうです。
岸田道生氏の「津軽」を見て、藤村さんは「どうしてこんなに懐かしい感じがするのだろう」と思いましたが、その時ようやく分かったのでした。
「津軽」に描かれていた家は藤村さんにとって佳奈ちゃんの家であり、絵を見た時から佳奈ちゃんは自分に呼びかけていたのだと。
目の前に現れた佳奈ちゃんの家に向かって、藤村さんは駆け出しました。
その家はぎらぎらと光って、藤村さんには燃えているように見えたのでした。
【転】夜行のあらすじ③
岸田氏が魅せられた「夜行」
4番目に語り始めたのは、2年前に伊那市に住む伯母夫婦を訪ねるために飯田線に乗ったと言う田辺さんでした。
田辺さんはその車中で不思議な2人連れに出会いました。
ひとりは純朴そうな女子高生、もうひとりは頭を剃った中年の坊さんでした。
不思議な組み合わせの2人に興味を惹かれていると、女子高生に「どこまで乗るんですか?」と声をかけられました。
彼女は伊那市の学校に通う高校2年生だと言います。
「君はどこまで乗るんだい?」と田辺さんが聞くと、彼女は「どこまでだと思います?」と聞き返すのでした。
どうやら女子高生と坊さんは、「彼女がどこまで電車に乗るのか」を当てる勝負をしていたようでした。
坊さんは「私の負けだ」と彼女に言いました。なんでもこの坊さんは、自分は人の心が読めると言っていたようでした。
田辺さんが胡散臭く感じていると、坊さんは「夜の家が見えます」と田辺さんを見て言いました。
「あなたの心を惹きつける人物が暮らす家‥‥‥訪ねるときはいつも夜だった。相手は恋人か、親しい友人でしょう。」と。
田辺さんはそう言われて、岸田道生氏の夜のサロンに通っていた日々を思い出しました。
岸田氏は、新しい連作を書くために昼夜逆転の生活をしていました。
そして、いつも夜の岸田家には、明かりに誘われて眠れぬ夜を過ごす人々が集まっていました。
しかしそれも、5年前に岸田氏が亡くなるまでの話でした。
坊さんの話を聞いて岸田氏のことを思い出した田辺さんはびっくりしましたが、坊さんは自分も当時サロンにいた佐伯という者だとタネを明かしました。
佐伯は、岸田氏が亡くなった当時のことを語ります。
岸田氏はその時、連作を描くために異様な気迫で仕事に打ち込んでいて、憔悴した様子だったと言います。
ふと、佐伯が持っている風呂敷包みを見た女子高生が、「それ、岸田さんていう人の絵なんじゃないですか?」と言いました。
佐伯は女子高生をジロリと睨みましたが、それが生前に岸田氏にもらった絵であることを認めます。
その絵は、連作「夜行」の作品のひとつで「天竜峡」というタイトルでした。
佐伯は「あいつは絵の中の女にとり殺されたのさ」と岸田氏のことを言いました。
その話を聞いていた女子高生は佐伯に言います。「岸田さんはまるで眠っているように見えたでしょう」と。
佐伯は茫然として、「どうして知っている?」と彼女に言いました。
そして岸田氏が亡くなった時のことを語ろうとしますが、突然「岸田を殺したのはその女だ」と言い残して電車を降りて行ってしまいました。
女子高生は、その様子を見て「夜はどこにでも通じているの」と言いました。
そして、田辺さんはこの不思議な女の子こそが、岸田氏が「夜行」を描く夜の旅で出会った鬼だったのだと思いました。
そして列車は夜の中を走り続けていくのでした。
【結】夜行のあらすじ④
銅版画「夜行」と「曙光」
「夜行」を巡る旅について語り終わった面々は、「そろそろ出かけないとね」と鞍馬の火祭りへ出かけようとします。
ようやく鞍馬駅に到着した頃には、火祭りは終わってしまっていました。
中井さんの提案で貴船口まで歩いて帰ることにしたメンバーたち。
大橋君が10年前に消えてしまった長谷川さんのことを考えながら歩いていると、いつの間にか仲間たちの姿が見えなくなっていました。
ひとりで貴船口まで戻り、仲間たちに電話をしてみましたが、大橋だと名乗ると、皆不安そうな声で、なぜだか大橋君からの電話だと信じられない様子でした。
宿に電話してみても、今日「大橋」の名前で予約している客はいないと言われてしまいます。
大橋君はなんだか怖くなるとともに、途方に暮れてしまいました。
貴船口から叡電に乗って引き返し、鴨川を歩いていると、中井さんから電話がかかってきました。
先ほどとは違い、中井さんは落ち着いた声でした。
中井さんが泊まっているという三条のホテルで会う約束をし、ホテルのロビーへ行くと、中井さんがひとり飲んで待っていました。
中井さんは大橋君を見て「本当に大橋君なのか」とあっけにとられている様子です。そして、「この十年間、君は失踪していたんだよ」と言います。
驚いた大橋君は、失踪したのは長谷川さんであって自分ではないと説明しますが、何か話が違うようです。
不思議なことが起こっていると思い、大橋君は昼間の画廊で見た絵が「夜行ー鞍馬」というタイトルだったことを思い出しました。
大橋君は、この不思議な出来事は、岸田道生氏の絵が関係しているのではないかと思いました。
時間はもう真夜中でしたが、とにかく中井さんと大橋君は画廊へ行ってみることにしました。
画廊に行って見ると、展示されていた作品は昼間に見た作品とは違っていました。
それは、「曙光ー鞍馬」というタイトルで、「夜行」とは打って変わり、明るい色調で描かれた絵でした。
大橋君はそこで気付きました。「夜行」と「曙光」は表裏一体をなす作品で、自分は「夜行」の世界から「曙光」の世界へ迷い込んでしまったのだと。
岸田氏に取り次いでもらいたいと頼み、画廊の柳さんに電話をかけてもらうと、電話に出たのは長谷川さんでした。
中井さんと大橋君は岸田氏の家へ向かいます。この世界で長谷川さんは、失踪することはなく、岸田氏と結婚して幸せに人生を歩んでいたのでした。
大橋君は、岸田氏と長谷川さんに自分の10年を語りました。
そして岸田氏は、「曙光」という作品が生まれた経緯を話しました。
岸田氏は、尾道で初めて長谷川さんと会い、「曙光」という連作を描き始めたのだと言います。
岸田氏は「曙光」の作品を描くために、色々な場所へ長谷川さんと旅をし、また様々な朝を経験したと話しました。
岸田氏の話に耳を傾けていると、大橋君は目の前にある銅版画が変化していることに気付きます。
絵の中の朝の光が弱まり、絵の時間が流れて夜の闇となっていきます。
そして、「ただ一度きりの朝ーーーー」と岸田氏が言った声とともに、大橋君は「夜行」の世界へ戻ってきたのでした。
気付くと、大橋君は岸田氏の家の居間にひとりで座っていました。
目の前のテーブルには銅版画が1枚置かれていて、見るとその作品は「夜行ー尾道」であったのです。
岸田家を出て賀茂川を歩きながら、大橋君はサークルの仲間たちのことを思いました。
自分が無事であることを知らせようと、大橋君は中井さんに電話をかけます。
電話に出た中井さんの心配そうな声に、懐かしさを感じながら「おはようございます」と大橋君は言いました。
大橋君は、岸田氏の「ただ一度きりの朝」という言葉を思い返しながら、東山の向こうから射してくる曙光を見つめたのでした。
夜行の解説(考察)
「夜行」の物語は、「百物語」の形式であると言えます。
百物語は、夜に数人が集まって、交代で怪談を語る遊びです。100本の蝋燭などを用意し、1つの話が終わるごとに1本ずつ消していきます。
そして、最後の1本を消した時に、妖怪が現れると言われています。
「夜行」にまつわる話は、100話ではなく英会話サークルのメンバーの人数分でしたが、全員が話し終わった時に妖怪こそ現れはしなかったものの、大橋君が「曙光」の世界に迷い込んだことから、この小説のモチーフは「百物語」であると考えられるのです。
そして、「曙光」の世界でも、岸田氏が語った絵にまつわる話が、大橋君が「夜行」の世界へ戻る鍵となっています。
夜行の作者が伝えたかったことは?
作者は「夜行」と「曙光」という絵を鍵とした物語から、長い夜にも朝は必ず来るということを伝えたかったのではないでしょうか。
「明けない夜はない」ともいうように、この物語は、人生において不運な出来事もあれば、幸せな出来事も必ず起こると、私たちに伝えてくれます。
また、登場人物たちが語る物語は、結末に説明がつかない状況が多いですが、そこからも作者は世界には誰にも説明できないことで溢れていると伝えています。
しかし、そのような出来事からも私たちは、不気味さにしても、感動する感情にしても、言い表せない何かを感じとって生きています。
それらから感じ取ったものは、言葉にはできなくても、確実に私たちの中で生き、糧となるのでしょう。
目に見えるもの、言葉で言い表せることが世界の全てではないと、作者は伝えているように感じました。
夜行の3つのポイント
ポイント①鞍馬の火祭
京都三大奇祭のひとつである鞍馬の火祭りは、京都市北部、鞍馬の由岐神社一帯で行われる祭りです。
その起源は、御所に祀られていた由岐大明神を鞍馬の地へ遷宮した際に、村人が無数の松明を持って出迎えたことが始まりだと言われています。
「サイレヤ、サイリョウ」という勇ましい掛け声とともに、大松明を持った若者たちがひしめく様子は圧巻で、祭りの見どころとなっています。
ポイント②銅版画とは
作中で物語の鍵となっている銅版画は、その名の通り、銅板を用いて作られる版画の作品です。
製作の方法として、木版画と同じように刃物などで直接インキの付く凸面を彫るやり方と、銅の性質を利用して薬剤の腐食の力で模様などを描くやり方があります。
銅板は、少なくとも数百年は保つものであるため、作品の永続性が特徴として挙げられます。
20世紀には、ピカソやシャガールなどによって盛んに製作されました。
ポイント③日本の夜行列車
日本でもかつては、多くの夜行列車が運行していました。
しかし、現在において定期運行している夜行列車は、東京ー出雲市間を結ぶ「サンライズ出雲」と、東京ー高松間を結ぶ「サンライズ瀬戸」のみとなっています。
新幹線や飛行機、高速道路など、交通機関の発達により日本の夜行列車は衰退してしまいましたが、夜の中を走る夜行列車には他の移動手段にはない魅力やロマンがつまっています。
夜行を読んだ読書感想
作者の、面白おかしくも阿呆な世界観の物語とは打って変わり、この「夜行」には物語を通して怪しく不穏な雰囲気がただよっています。
登場人物たちが語っていく話はどれも、「一体どういうことなんだ?」と読む者を不安にさせ、時にひやりとさせます。
物語に、明らかに恐ろしい幽霊や、怪物が出てくるわけではありませんが、物語を読んでいると得体の知れない恐怖を味わうことができます。
しかしながら、最後には爽やかな読了感を残してくれる、そんな怖くも素敵なホラー小説だと思いました。
夜行のあらすじ・考察まとめ
世の中には暗い面がありますが、必ず明るい希望の面も存在します。
この物語は、説明のつかない怖さで私たちを終始ひやりとさせて楽しませながら、そんな日常で忘れがちな大切なことに、改めて気付かさせてくれます。
ホラー小説ではありますが、読後に後味の悪さが残らないので、ホラー初心者にもおすすめな一冊です。
コロナ禍でなかなか旅行に行きづらい時期ですが、ワクワク楽しい旅とはまた違った旅を、この「夜行」という作品で味わってみるのも良いかもしれませんね。