「葉桜と魔笛」とは、昭和に活躍した文豪である太宰治の短編小説です。
この作品の主人公である老夫人の回想を通して、35年前のある出来事が物語られた作品となっています。
病弱な妹と、厳格な父親と暮らしたある日の不思議な出来事を描いたこの作品。
妹は、どのような思いを抱えてこの世を去ったのでしょうか?
そして、あの日の「魔笛」の正体とは?
作者がこの作品を通して伝えたかったことは?
今回は、そんな「葉桜と魔笛」のあらすじや感想から考察までを詳しく解説していきます!
「葉桜と魔笛」とは?
「葉桜と魔笛」とは、太宰治による短編小説です。
この作品が成立した背景は、太宰の妻である津島美知子著の『回想の太宰治』に記されています。
それによると、太宰が描いたこの作品は美知子の母から聞いた話が作品のヒントとなっているそう。
また、「山陰」「松江」などの場所にまつわる部分も物語に生かされており、この話が影響された作品であるといえます。
作者名 |
太宰治 |
発売年 |
1939年 |
ジャンル |
短編小説 |
時代 |
明治 |
太宰治のプロフィール
「葉桜と魔笛」の作者である太宰治は、明治42年6月19日に青森県で生まれました。
本名は「津島修治」といい、小説家として数々の傑作を残しています。
薬物中毒に苦しみ、自殺未遂を繰り返しながらも数々の作品を生み出してきました。
代表的な作品としては、「走れメロス」「斜陽」「人間失格」「津軽」「お伽草子」などがあります。
教科書に載っている作品や現代で映像化されたものも多く、日本を代表する作家のひとりであることがわかりますね。
没後70年以上が経った今でも、彼の小説は幅広い影響を与え続けています。
葉桜と魔笛の特徴
「葉桜と魔笛」は、主人公の老婦人の回想から物語が進められます。
作中での登場人物は「あなた」や「姉さん」のように呼ばれ、名前が明かされることはありません。
主人公の回想の中ということもあり、大きな場面の変化もない短い物語となっています。
病におかされた妹と、妹に救いを与えようとする姉のもどかしさが描かれた作品です。
葉桜と魔笛の主要登場人物
私 |
昔を回想している主人公。 |
妹 |
主人公の妹。病弱で余命宣告をされている。 |
父 |
厳格な人物。中学校の校長をしている。 |
M・T |
妹に送られた手紙の差出人。 |
葉桜と魔笛の簡単なあらすじ
主人公の老婦人は、35年前の出来事を回想します。
当時彼女は20歳で、病弱な18歳の妹と、厳格な父親と暮らしていました。
ある日主人公は、タンスの中から30通ほどの手紙の束を見つけます。
その手紙から、M・Tという男に妹が病気を理由に捨てられたことがわかりました。
主人公は妹を気の毒に思い、彼になりすまして手紙を書きます。
しかし、妹からは「M・Tからの手紙はすべて、自分で書いたものだ」と告白されます。
その時、低くかすかに聞こえる口笛の音。
主人公の書いた手紙には「あなたのために毎日6時に口笛を吹いてあげます」と書かれていました。
この出来事の3日後、妹はこの世を去りました。
葉桜と魔笛の起承転結
【起】葉桜と魔笛のあらすじ①
主人公の老婦人は「桜が散り、葉桜のころになれば思い出すことがある」と、35年前のある出来事を回想します。
主人公は余命宣告をされた病弱な妹と、厳格な父親との3人で暮らしていました。
当時主人公は20歳で、妹は18歳でした。
妹の死期は刻々と迫り、彼女は一日中寝たきりになっていました。
それでも妹は陽気に歌を歌い、冗談を言ったり、甘えたりします。
主人公は妹の姿を見て、死を感じ気が狂うように苦しんでいました。
【承】葉桜と魔笛のあらすじ②
ある日妹は自分宛ての一通の手紙を指し、これはいつ来たものかと主人公に尋ねます。
「ついさっき、眠っている間に」と答えますが、妹は「これはあたしの知らないひとなのよ」と返します。
「知らないことがあるものか」と主人公は思います。
手紙の差出人とM・Tという男と妹が文通をしていたことを知っていたからです。
5,6日前に主人公は、タンスの中から30通ほどの手紙の束を見つけました。
その手紙から、M・Tという男に妹が病気を理由に捨てられたことを知りました。
【転】葉桜と魔笛のあらすじ③
主人公は手紙を読んだ後、全てを焼いてしまいました。
このことを誰にも知られなければ、妹はきれいなままで死んでいける、と思いながら。
その時M・Tの非情さに怒りを覚えながら、妹を気の毒に思いました。
そして妹は届いた手紙を、姉に読んでほしいといいました。
主人公は読まずとも手紙の内容を知っています。
なぜなら、この手紙は主人公がM・Tになりすまして書いたものだからです。
その手紙には妹を思う優しい言葉と、「毎日あなたのために毎日6時に口笛を吹いてあげます」との約束がありました。
【結】葉桜と魔笛のあらすじ④
妹は、この手紙は主人公が書いたものだと知っていると言います。
そして、「M・Tからの手紙はすべて、さみしさを紛らわすために自分で書いたものだ」と告白します。
妹は「ほんとうに男の人とあそべばよかった、死ぬなんていやだ」と告げます。
その時、低くかすかに聞こえる口笛の音。
主人公はその時、神様はきっといると信じました。
この出来事の3日後、余命よりも早く妹は静かにこの世を去りました。
あの口笛の正体は、何だったのだろうか。
ひょっとすれば私たちを不憫に思った父の狂言かもしれないが、父も亡き今はわからないと思いながら物語は終わります。
葉桜と魔笛の解説(考察)
病におかされた妹と、その姿に苦しむ主人公。
あの手紙のやり取りは、主人公の思うようなものではありませんでした。
妹を思う主人公の行動は、思いもよらない最期を迎えてしまいました。
しかし主人公が感じた「神様」の存在は、たとえ一瞬だとしても彼女たちを救いました。
静かにこの世を去った妹の胸の内は、苦しみばかりではなかったでしょう。
葉桜と魔笛の作者が伝えたかったことは?
妹は死を目の前にし、「男の人とあそべばよかった、死ぬなんていやだ」と告白します。
それまで男性と関わることすらなかった彼女は、後悔の念を残しています。
この後悔の念は、強烈な臨場感を読者に与えます。
そして聞こえる口笛の音。
「神様」という表現にもあるように、絶望の中に見える一縷の希望を伝えたかったのだと思います。
葉桜と魔笛の3つのポイント
ポイント①主人公が妹のために捧げた切ない家族愛
主人公は妹の手紙の内容を見て、M・Tになりすますことを考えます。
それにより死の淵にいる妹が少しでも救われれば、との思いからです。
できるだけ苦しみを味わわずにいてほしいと心から願っています。
妹にはM・Tからのきれいな思いだけに包まれて死んでほしい、という姉としての愛情が表われています。
妹を思う姉としての姿が、切なく一心に捧げられています。
ポイント②死を前にした妹の心からの「後悔」
刻々と死に近づく妹は、後悔の念を口にします。
「あたし、ほんとうの男のかたと、遊べばよかった。あたしたち間違っていた。死ぬなんて、いやだ。」
架空の男との手紙のやり取りをする程、妹は男との交流を求めています。
苦しみの中で、本当に求めていたことを口にしているのです。
ここでは、死を目の前にした妹の嘘のない気持ちが告げられています。
主人公はこれを聞いて、感情をごちゃ混ぜにしならも、妹を抱きしめています。
ポイント③明かされることのない「魔笛」の正体
2人の耳に届いた「魔笛」の正体は、明かされません。
主人公は、「あれは父だったのかもしれない」と思いながらも、その正体を明確にはしていません。
「神様はきっといる」と主人公が思った通り、ひょっとすると神様が吹いた口笛の音だったのかもしれません。
妹が感情をあらわにしたい状況を考えると父親ではなく、神様が二人を救おうと口笛を鳴らしたのかもしれません。
葉桜と魔笛を読んだ読書感想
妹を救おうと切ない嘘をつこうとした主人公。
死の気配を感じながら男性とのひと時を夢見た妹。
悲しい姉妹の姿が描かれた「葉桜と魔笛」。
しかし、2人を待ち受けるのは絶望ではありません。
苦しみや悲しみの末に待ち受けるものは、一筋の希望なのかもしれないと考えさせられる物語でした。
葉桜と魔笛のあらすじ・考察まとめ
人は死を目前にして何を求めようとするのか。
そして、それを支えようとする人は何を与えようとするのか。
妹が夢を見て、姉が与えようとしたものは何だったのか。
人間の理想だけでなく、真っすぐな欲求の形に触れたい方はぜひ読んでみてください!