「駆け込み訴え」とは、多くの傑作を残している太宰治の短編小説です。
この作品は新約聖書の登場人物たちをベースとし、裏切り者のユダを主人公としたものになっています。
裏切り者とされたユダの、愛憎の入り混じった訴えを描いたこの作品。
果たしてユダは、何を訴えたかったのでしょうか?
そして、ユダが「あの人」に抱いていた感情とは?
作者がこの作品を通して伝えたかったことは?
今回は、そんな「駆け込み訴え」のあらすじや感想から考察までを詳しく解説していきます!
「駆け込み訴え」とは?
「駆け込み訴え」とは、太宰治による短編小説です。
この作品は、太宰の妻である津島美知子が太宰の口述したものを書き上げた作品です。
美知子が記した「回想の太宰治」によると、太宰は言いよどむこともなくこの作品を口に出し、完成させたとのことです。
今では裏切り者の代名詞とされるユダを主人公としており、終始彼の訴えが述べられた作品となっています。
作者名 |
太宰治 |
発売年 |
1940年 |
ジャンル |
短編小説 |
時代 |
1世紀 |
太宰治のプロフィール
「駆け込み訴え」の作者である太宰治は、明治42年6月19日に青森県で生まれました。
学生時代は成績優秀で、芥川龍之介や室生犀星などの文学に親しんでいたとのことです。
17歳のころには「最後の太閤」という作品を書き、友人らと同人誌を出すなど執筆活動を始めるようになりました。
しかし、自殺未遂や薬物中毒などを繰り返すこともあり、精神状態は不安定でした。
太宰は数多くの傑作を残しましたが、愛人との入水自殺により38歳という若さで亡くなっています。
「人間失格」には太宰自身が主人公とも言える描写もあり、彼の生涯や価値観を知ることができる作品となっています。
駆け込み訴えの特徴
「駆け込み訴え」は、主人公の「私」ことユダの視点から描かれた作品です。
「私」はどこかへ駆け込み、そこの旦那へ向けて「あの人」についての全てを訴えます。
自分が抱いている感情や、なぜ居場所を密告しようと思ったかなど、苦しみぬいた思いをただひたすらに訴えるのです。
新約聖書がベースとなっているため、ユダが裏切りに至った経緯として描かれています。
駆け込み訴えの主要登場人物
私 |
主人公。最後にイスカリオテのユダと名前が明かされる。 |
あの人 |
キリスト。ユダに居場所を密告される。 |
旦那さま |
エルサレムの祭司。「私」が訴えている相手。 |
駆け込み訴えの簡単なあらすじ
「私」はどこかへ駆け込み、ある訴えを始めます。
酷く悪いやつである「あの人」を生かしておけない、殺してくださいと告げました。
どんなに酷いやつで、どれだけ自分が愛しているかを切実に訴え続けます。
これ以上我慢することができないため、復讐してやるというのです。
そして、銀貨を報酬に「あの人」の居場所を密告します。
訴えに来た彼の名前はイスカリオテのユダといいました。
駆け込み訴えの起承転結
【起】駆け込み訴えのあらすじ①
「私」はどこかへ駆け込み、ある訴えを始めます。
酷く悪いやつである「あの人」を生かしておけないと言うのです。
これまで自分をこき使い、翻弄してきた師を殺してくださいと告げました。
彼は自分の隠れた手助けにも気づいているのに、意地悪く軽蔑すると嘆きます。
「私」は周りの弟子たちを馬鹿にし、「あの人」は美しい人だといいます。
「あの人」を純粋に愛しており、彼が死ぬときは自分も一緒に死ぬと訴えます。
「あの人」を他人に渡すくらいなら、自分の手で殺したい、と。
【承】駆け込み訴えのあらすじ②
6日前のことです。
ベタニヤのシモンの家で食事をしていた時、マリヤが高価な香油を「あの人」の頭からかけてしまい、足まで濡らしてしまいました。
香油の香りが立ちこもる部屋の中で、「あの人」の足を丁寧に拭うマリヤの姿を見て、異様な光景だと「私」は思いました。
失礼なことをするな、と怒鳴りつけると「あの人」はそれを咎めます。
その時の「あの人」の赤らんだ頬からは、マリヤへのあやしい感情が見て取れました。
「私」は、自分だってマリヤへ気持ちを抱いていたことを告白します。
そして、ただの凡夫に過ぎない「あの人」は、死んだって惜しくはないと考えました。
【転】駆け込み訴えのあらすじ③
それ以来、「あの人」をいっそ自分の手で殺してあげようと思うようになりました。
そして、「私」が裏切りの決意をしたある時、「あの人」は弟子たち皆の足を洗ってくれました。
「私」は「あの人」の行いに感激し、他の弟子たちとともに一生ついていこうと心に決めます。
しかし、「あの人」が「私」の裏切りの心を見抜いていたことに気づいてしまいます。
否定することもできず、「私」の裏切りの決意は完全なものとなりました。
【結】駆け込み訴えのあらすじ④
そこから「私」は復讐の鬼となり、ここに駆け込んで来たとのことです。
自分を今までさんざんいじめた「あの人」を罰して殺してほしいと改めて告げます。
この密告の報酬として、「旦那さま」は銀貨を与えますが、「私」は金が目当てではないと怒り出します。
しかし、商人である自分は金銭で「あの人」に復讐してやるといい、銀貨を受け取ります。
自分は「あの人」をみじんも愛していない、世の中は金だと自らに言い聞かせるように言います。
最後に、自分は商人の、イスカリオテのユダだと名乗りました。
駆け込み訴えの解説(考察)
最後に、「私」はイスカリオテのユダ、師である「あの人」はキリストであることが明らかになります。
ユダは心酔していたキリストを愛しているがゆえに、裏切ることを決意します。
ですが、感情の起伏はかなり大きく、最後まで葛藤に苦しんでいます。
愛する人を裏切ったユダの苦しみが癒えることはないでしょう。
駆け込み訴えの作者が伝えたかったことは?
新約聖書に出てくるユダは、裏切り者として示されることがよくあります。
この作品は、ユダが裏切りに走った経緯に焦点を当てて描いています。
実際に新約聖書にはユダのこのような心情は描かれていません。
この作品では、あくまで太宰の想像の範囲ですが、ユダの取り留めがない訴えがリアルにつづられています。
師への「裏切り」という行為に、どんな感情が含まれるのかを表現したかったのではないでしょうか。
駆け込み訴えの3つのポイント
ポイント①ユダはキリストをどう思っていた?
ユダは終始、キリストを「愛している」「殺したい」と繰り返します。
強い愛情を抱いていることは間違いないですが、大きな憎しみも抱いています。
ですが、その感情は紙一重であり、起伏の激しく非常に危ういものでした。
もはや自分でも分からなくなるほどにキリストを愛しており、それ故に自らの手で殺そうという考えに至ってしまったのです。
ポイント②ユダはどうすれば救われた?
最終的にユダは報酬を受け取り、キリストを売ってしまいます。
金が目当てではないといいながら、金で裏切りを成立させてしまいます。
もしキリストがユダが望む行動をし、気持ちを向けてくれれば裏切りには至らなかったのかもしれません。
しかしそれは所詮理想の話であり、そのような姿はキリストとは言えないため、ユダが救われることはないのでしょう。
ポイント③キリストは「悪いやつ」だった?
ユダはキリストを「悪いやつ」だと口にします。
愛していると言いつつも、いかに酷いことをしてきたかを告げ口するのです。
そして、自分が今まで受けたいじめや苦しみを訴え続けています。
しかし、彼の歪んだ愛情により捉えられている部分もあると言えなくもありません。
抱いている感情一つで、ものの見方が大きく変わってしまうこともあるかもしれない、と考えさせられる表現でした。
駆け込み訴えを読んだ読書感想
ユダの感情には、様々なものが入り混じっています。
キリストへの愛情や憎しみ、周りへの嫉妬や軽蔑。
キリストを崇拝するがあまりに、思い通りにならずに苛立つ様子が伝わってきました。
愛と憎しみは似たものであり、ユダの口ぶりには恐怖すら感じました。
駆け込み訴えのあらすじ・考察まとめ
師であるキリストを売るために、駆け込んできたユダ。
そこに至るまで彼が抱えていた思いは、一言で言い表せるものではありません。
報酬を受け取った時、ユダはきっと大きなものを失ったはずです。
愛憎入り混じる、切実な訴えを感じたい方はぜひ読んでみてください!