ご紹介するのは、夏目漱石の代表作の一つ「こころ」です。
今回は、この小説を分かりやすく、紹介します。
1914年4月20日から8月11日まで、『朝日新聞』で「心 先生の遺書」として連載された小説です。
舞台は大正で、かつ当時の中でも決め付けが多く、エゴイズムな内容を含むので現代に生きる私たちからは納得できない部分があるかもしれません。
それでも、そこにとらわれずに読むと、美しく悲しい物語です。
それでは、最高の小説と称され、日本で一番売れた小説「こころ」を紹介します。
「こころ」とは?
「こころ」は、前の千円札にも肖像画が載っていた、近代日本文学会を代表する作家、夏目漱石の代表作の一つです。
夏目漱石は、東京の今でいう新宿で生まれ、帝国大学(現東京大学)に入学。
そこで、正岡子規に出会います。
夏目漱石は、大学卒業後英国へ留学し、帰国後は教職に就きながら執筆活動をします。
生涯を通じ健康には悩まされ、最後は胃潰瘍で亡くなりました。
そんな夏目漱石が執筆した「こころ」は、乃木大将(大日本帝国陸軍大将)の明治天皇の後追っての、殉死に影響を受けて執筆した作品です。
作品は、上、中、下の三部構成となります。
メインとなるのは、下の「先生の遺書」です。
「先生の遺書」の一部は、国語の教科書にも題材として取り上げられることもあります。
こころの主要登場人物
私 | ・この物語の語り手 ・書生で学校通うため上京している ・先生に鎌倉で偶然出会い、以後慕う ・故郷に父母がおり、父親は、腎臓の病気で死が近く、兄弟は、兄と妹がいる |
先生 | ・私に先生と呼ばれるこの物語の中心人物 ・教養が高いが実際には教職に就いたり、働いてはいない |
妻 | ・先生の妻 ・下の先生の遺書中では、最初お嬢さんと書かれている先生と結婚してからは、 ・容姿が美しく、先生を慕う ・物語の主要人物の中で唯一、静という名前がでてくる |
妻の母 | ・先生が下宿する家の奥さんで、妻の母親 ・下の先生の遺書に登場し、奥さんと書かれる ・軍人の未亡人であり、軍人の妻らしくという表現されることから、しっかりした人物 |
K | ・先生の友人 ・自殺をし、雑司が谷に墓があり、先生が毎月墓参りに訪れている ・実家は寺だが、医者の家に養子に出され医者になるため、学校にやられるが、 ・医者でない道を勝手に志し、養家からも実家からも勘当される ・賢く、誠実だが、頑固な人物像 ・自ら命を絶つ |
こころの簡単なあらすじ
「こころ」は、語り手である私を主人公とする小説で上、中、下の三部構成です。
上:「先生と私」
私と先生の鎌倉での出会いから、東京での交流を通じ、先生の暮らしぶりや、考え方、また過去に秘密があり、淋しく、人間嫌いとなったことがわかります。
中:「両親と私」
学校を卒業することになり、私は一時帰郷します。
そこでは、両親の祝福と将来決めるように言われ、先生働き口のあっせんをお願いするようにうながされ、手紙を出します。
そんな中、もともと腎臓の悪い父親の容体が悪い中、先生から遺書が届きます。
私は、父の命が2、3日持つと考え東京に向かいます。
下:「先生の遺書」
東京に向かう電車の中で私は先生の遺書を読みます。
先生の遺書には、父と母が亡くなり、信用していた伯父に裏切られたこと、そして先生自身が愛の為に友人であるKを裏切り、死に追いやったことが書かれていました。
こころの起承転結
【起】こころのあらすじ①
上:「先生と私」では、私と先生の出会いから、始まります。
私と先生は鎌倉で出会い、親交が始まり、東京に戻ってからも私が、先生の自宅に通うことで関わりは続きます。
時に先生は人格者であり、時に勿体ぶったような態度をするのでした。
先生から、私は、父親が生きているうちに財産をどうするかをしっかりと決めた方が良いとの助言を受けます。
また先生の過去はいずれ教えてもらえるという約束をするのでした。
【承】こころのあらすじ②
中:「両親と私」では学校の卒業が決まった私は、故郷に一時戻ります。
両親は卒業を喜ぶとともに、就職が決まっていない私に対して、先生に仕事をあっせんしてもらえるようにお願いするよう促します。
何度か依頼の後、先生からは、アイタイとの電報が届くのですが、時を同じく父親の容体が悪くなり東京に戻れない返事の電報と、追って詳しくは手紙を出すのでした。
やがて父親の容体は益々悪くなり、九州に住む兄と嫁いだ妹を故郷に呼び出しますが、兄と妹が身重なため妹の夫が実家に来ます。
【転】こころのあらすじ③
中:「両親と私」父親の容体が悪くなる中、先生からは封書が届きます。
それは、仕事の紹介では無く、先生からの遺書でした。
私は、父親の容体が2、3日は持つと考え東京に向かう事にし、列車の中で遺書に目を通すのでした。
下:「先生の遺書」先生の遺書には近い時期に両親をなくし、信用して財産の管理を依頼していた叔父さんに裏切られ財産の多くを無くし、故郷と縁を切った事が書かれていました。
財産の多くを無くしたとは言え、学費と生活に困らなかった先生は学校の下宿を出て、民間の下宿先に移ります。
そこは、先生の妻になるお嬢さんとその母(以降奥さん)の家でした。
奥さんとお嬢さんとの関係から心に安らぎを持てた先生は、同郷の友人Kを同じ下宿先に住まわせます。
それは、Kに先生同様に心を癒して欲しいとの親切心からと、Kであれば先生が恋心を抱いているお嬢さんに特別な感情を持たないという油断からでした。
最初は、先生の考え通りに心を開いてくるKに満足していたものの、段々とお嬢さんと親しくなるKに苛立っていくのでした。
【結】こころのあらすじ④
下:「先生の遺書」
先生は、お嬢さんに対する気持ちをKに言おうとしながら時間が経っていきます。
そんな中、先生とKは、房州(千葉南部)に旅行し、そこでKからの議論に応じなかった先生は、Kから“精神的に向上心がないものは馬鹿だ”との言葉を浴びせらます。
東京に戻ったある日、Kからお嬢さん対しての気持ちを打ち明けられた先生は、“精神的に向上心がないものは馬鹿だ”と言い返し、Kを攻撃します。
そして先生は、数日後にKには黙って奥さんから、お嬢さんとの結婚の許しを得ます。
先生とお嬢さんとの結婚を知りKは自殺します。
Kからお嬢さんを慕っていたことを打ち明けられたことはバレなかったものの、その後の先生の生活はこの裏切りが影を引きずり、その苦しみを妻にも打ち明けないまま、乃木大将の殉職に続き死を選んだのです。
そして先生は遺書の最後に私にこう残します。
“私は私の過去を善悪ともに他の参考に供するつもりです。しかし妻だけはたった一人の例外だと承知して下さい。
私は妻には何も知らせたくないのです。
妻が己の過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一の希望なのですから、私が死んだ後でも、妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、すべてを腹の中にしまっておいて下さい。”
こころの解説(考察)
「こころ」は、まさに心の中を描いた小説です。
テーマとしては、とても難しいものを、恋愛という多くの人が頭を悩ます事をテーマにする事で、頭に入ってきやすくしています。
多くの作品が「恋愛と学門」「恋愛と仕事」「恋愛と友情」のように、恋愛と対比させることで人々の共感を生み、多くの人の共感を得ています。
この『こころ』でも同様に「先生の妻への愛」「Kとの友情」「登場人物の死」などが絡み合い、読み応えのあるいろいろと考えさせられる内容になっています。
こころの作者が伝えたかったことは?
「こころ」で夏目漱石が、伝えたかったのは2つあると思います。
一つは、考察に書いた、心です。
矛盾をはらんだ時、後悔がどう影響するか、また先生は心のある部分に従った結果に苦しみ続けます。
つまり現実よりも心で感じた事に実生活が制限されるということです。
二つ目は、時代の変化で変わる価値観についてです。
先生の心の自白だけを伝えたいなら、私という語り手、先生にとっての聞き手は必要無くなります。
私に問いかけたり、語りかける言葉は、読者への問いかけ、語りかけになります。
先生の遺書では先生の想像と事実が混ざっていて、想像が重要な役割を担っています。
明治から大正に変わる変換期、正しい、正しくないの価値観だけなので良いのか?を当時の新人類である、私に投げかけている、つまり読者に投げかけているのです。
こころの3つのポイント
ポイント①私と先生の関係
学校の教師、生徒でもなく、仕事の付き合いでは無い歳の離れた二人の間の、師弟関係とも、友情とも呼べる関係。
ポイント②先生と妻の関係
ある時は、最も幸せになる一対と表現される。
先生は、Kを裏切り自分を許せなくなっていて、妻には黙ることで、妻の清らかさを保とうとしている。
一方、妻は秘密を打ち明けられない、先生のエゴイズムの犠牲者と言えます。
ポイント③Kと先生の関係
先生の遺書にしか登場せず、口数少ないKの人間像については、考察しがいがあります。
ある時は、Kを評価し、ある時はそうでなく感じます。
また「Kの死は、先生への復讐なのだろうか」といったことを考えながらKの死の矛盾について考えてみても面白いです。
こころを読んだ読書感想
美しく悲しい物語であるということを強く感じました。
この美しくは、「花が綺麗」とか「星が煌めいてのような情景が浮かぶ」美しさでなく言葉の心の表現の美しさです。
そして悲しさも強く感じます。
Kや先生の死は勿論、悲しいものですがそれよりも悲しいのは、先生の妻への深い愛情です。
「深い程に伝わらず、伝わった瞬間に壊れてしまう」
こういった部分から悲しさを感じました。
こころのあらすじ・考察まとめ
まとめると上記のような美しくも悲しい物語になります。
もう少し掘り下げると、美しさも、悲しさも先生のエゴからきています。
優れた物語の条件がいくつかあるとして、一つは読者に違う選択肢を想像させることがあると思います。
この「こころ」という本にはそれがたくさんあります。
例えば、Kが死ななかったら?Kが打ち明けたら?妻に打ち明けたら?私が先生に会いに帰ったら?
その中でも、先生は秘密を妻に打ち明け2人で悲しんだら?と考えます。もし妻が先生を受け入れてもそうでなくても、「こころ」らしさはなくってしまうので、やはりすべては先生が私に遺書に書いたように、妻には秘密のままに、善悪は後世に委ねるしかないのかもしれません。