「よだかの星」に出てくる“よだか”とは、一般的に“よたか”と呼ばれる鳥です。
“よたか”は夜行性なため、江戸時代のころは遊郭に入らずに客をとっている遊女を指していました。
また、少女漫画の「宇宙を駆けるよだか」では、主人公と外見が醜いクラスメイトの女の子が入れ替わるというストーリーです。
そこから分かるように日本において“よだか”は、良い意味を持たないことが多いです。
そんな“よだか”を宮沢賢治は、どのように描いたのでしょうか。
「よだかの星」とは?
外見がみにくい“よだか”は、他の鳥から馬鹿にされ、イジメられていました。
ある夕方にタカが“よだか”のところにやってきて「夜と鷹から名前を借りているから返せ。名前は市蔵に改めろ」と言います。
そして“よだか”は鷹に、明後日の朝までに他の鳥を訪ねて回るように言われるのでした。
作者名 |
宮沢賢治 |
発売年 |
1934年 |
ジャンル |
童話 |
時代 |
昭和時代初期 |
宮沢賢治のプロフィール
明治末期~昭和初期(1896年~1933年)に活躍した作家で、主に詩や童話を創作していました。
岩手県花巻市(旧稗貫郡川口村)出身。
なお岩手県は、宮沢賢治が思い描いた理想郷「イーハトーブ」の舞台でもあります。
宮沢賢治の主な作品
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「やまなし」「雨ニモマケズ」など。
地質学・動植物・天文学・宗教など様々な分野への関心があり、造語を作るのが得意でした。
高等農林学校を卒業後、花巻農学校で農民芸術の教師をしていた経歴があります。
そのことがきっかけで、実家は質屋・古着屋にも関わらず、宮沢賢治は農業の世界にはまっていきました。
また妹のトシと仲が良く、トシの死を作品に残しています。
よだかの星の特徴
「よだかの星」が発表されたのは、宮沢賢治が亡くなった翌年、1934年です。
また執筆時期については、1921年ごろと言われています。
“よだか”は最終的に、青い美しい光となってカシオペヤ座のすぐ隣で燃えているということから、超新星(大爆発により明るさを増す現象)であるティコ(チコ)の超新星がモデルになっているという説もあります。
よだかの星の主要登場人物
よだか |
外見が醜く、他の鳥から馬鹿にされイジメられている |
鷹 |
鷹の名前を使っている“よだか”が気に入らない |
小鳥 |
鷹のことを恐れている |
川せみ |
よだかの兄弟。美しい色をしている。 |
お日さまとお星さま |
遠くへ連れていって欲しいと“よだか”が願った相手 |
よだかの星の簡単なあらすじ
外見が醜く他の鳥から馬鹿にされている“よだか”。
ある日の夕方“よだか”のもとに鷹がやってきて、「名前を市蔵に改名しろ。明後日の朝までに他の鳥たち全員に伝わってなかったら、おしまいだぞ」と言われます。
“よだか”は、たくさんの虫を殺して生きていることが苦しくなり、お日さまやお星さまに遠くへ連れていって欲しいと懇願しました。
しかし、その願いは叶えられず、よだかは自分の力で遠い空の向こうを目指します。
そして、青い美しい光になり“よだかの星”として、いつまでも燃えつづけました。
よだかの星の起承転結
【起】よだかの星のあらすじ①
よだかは醜い容姿をしていたため、他の鳥たちから嫌われていました。
あまり美しいとは言えない“ひばり”でさえも、よだかのことを見下し、他の小鳥たちは、「鳥の面汚しだ」などと悪口を言うのです。
よだかはタカという名前がついていますが、鋭い爪や口ばしは持っていません。
反対に、花の蜜を食べる蜂すずめや魚を食べる川せみなど美しい色をしている鳥の兄でした。
ある日の夕方、タカがよだかの家へやってきて「名前を市蔵に改名しろ。明後日の朝までに他の鳥たちに伝えていないと、つかみ殺すぞ」と言うのです。
【承】よだかの星のあらすじ②
よだかは、メジロのひなを助けたことがありますが、メジロはお礼を言うどころか盗人から取り返すように、よだかとヒナを引き離したのでした。
その上、市蔵という名前に変えろと言われ、よだかは辛い気持ちでいっぱいでした。
あたりが暗くなってから、よだかが巣を飛び出すと、一匹のカブトムシがよだかの口に飛び込んできました。
よだかは口の中で暴れているカブトムシを飲み込みました。
するとまた一匹のカブトムシが、よだかの口に入り飲み込み気付いたのです。
カブトムシやたくさんの羽虫が毎晩自分に殺され、そんな自分はタカに殺されることに。
よだかは弟の川せみを訪ね「いたずらに魚を獲らないようにして」と伝えて、泣きながら帰宅しました。
そして羽や毛を綺麗にしてから、また飛び立ったのです。
【転】よだかの星のあらすじ③
よだかが「あなたのところへ連れて行ってください」と太陽に問いかけると、「昼の鳥ではないから、星に頼んでごらん」と返答がきました。
今度はオリオンや大犬座、大熊星、鷲の星に「あなたのとこへ連れて行ってください」と頼みます。
しかし、良い返事は得られませんでした。
よだかは落ち込み、地に落ちたかと思うと“のろし”のように空へ飛び上がり、キシキシと高く叫びました。
その叫び声はタカに似ていて、野原や林で眠っていた鳥は起き上がりぶるぶる震え、怪しげに星空を見上げました。
よだかは、どこまでも真っ直ぐに空へ昇っていきました。
【結】よだかの星のあらすじ④
寒さや霜がまるで剣のようによだかを刺しました。
よだかは羽がしびれ、涙ぐんだ目で空をもう一度見ました。
それが、よだかの最後だったのです。
自分が落ちているのか昇っているのかすら分からなくなった“よだか”でしたが、心は穏やかでした。
血のついたクチバシは曲がっていますが、確かに少し笑っていました。
それからしばらくして、よだかが目を開けると自分の体が青い美しい光になって燃えていたのです。
すぐ隣はカシオペヤ座で、すぐ後ろは天の川の青白い光がありました。
そして、よだかの星はいつまでも燃え続けていました。
今でもまだ燃えているのです。
よだかの星の解説(考察)
「よだかの星」は、よだかが死ぬシーンが2回あります。
1回目は、太陽の返事を聞いたあとです。
“急にぐらぐらしてとうとう野原の草の上に落ちてしまいました。そしてまるで夢ゆめを見ているようでした。からだがずうっと赤や黄の星のあいだをのぼって行ったり、どこまでも風に飛ばされたり、又鷹が来てからだをつかんだりしたようでした”
2回目は、よだかが星になる前です。
“これがよだかの最後でした。もうよだかは落ちているのか、のぼっているのか、さかさになっているのか、上を向いているのかも、わかりませんでした”
私はこのことについて、仏教における「人は二度死ぬ」ということを表していると考えています。
一度目は肉体の死、二度目は他者の記憶から消えることです。
よだかが星となって永遠に生き続けることができたのは、博愛と自己犠牲の精神があったからだと思います。
宮沢賢治の中でハッピーエンドは、人々に忘れられない存在になることだったと言えるのかもしれません。
よだかの星の作者が伝えたかったことは?
よだかはメジロのヒナを助ける優しい鳥でした。
しかし、そんなよだかも他の虫たちを殺生して生きています。
そのことに気付いたよだかは、虫を食べるのはやめて遠くに行ってしまおうと考えます。また、川せみにはどうしても必要なときだけ魚をとるように伝えます。
そして、よだかは星として永遠に輝き続けることができたのです。
このことから、博愛と自己犠牲の精神が人を永遠に生かす(他者からの記憶から消えない)行いだと伝えたかったのだと思います。
よだかの星の3つのポイント
ポイント①よだかと「銀河鉄道の夜」のサソリ
「よだかの星」は「銀河鉄道の夜」に出てくるサソリと似て非なる話があります。
「銀河鉄道の夜」のサソリの話は、以下のような話です。
“虫を殺して食べていたサソリがある日、いたちに見つかってしまいます。
一生懸命逃げているうちに井戸で溺れたサソリはこう祈りました。
どうして私はこの体をいたちにくれてやらなかったのか。
そうすればいたちも1日生き延びただろうに。
どうか神様、次はまことの幸のためにこの体を使って下さい”
「よだかの星」でカブトムシを食べた“よだか”は、殺生の罪深さに気付くのですが、鷹を生かすよりは遠くへ行こうと考えています。
宮沢賢治は「よだかの星」のころは自己犠牲の中の自我に苦しみ、「銀河鉄道の夜」のころに自己犠牲による“まことの幸せ”を見出だせたのではないでしょうか。
ポイント②よだかの生態
よだかは一般的に“夜鷹(よたか)”と言われ、夜行性であることが由来になっています。
また、アメリカではnighthawk(ナイトホーク)と言い「夜ふかしする人」という意味もあります。
ポイント③ティコ(チコ)の超新星
よだかの星はティコ(チコ)の超新星がモデルになっていると言われています。
ティコの超新星は、SN1572(超新星1572)と記されており1572年にティコ・ブラーエが観測したことから、その名前がつけられています。
2年後の1574年には肉眼で観測できなくなったようです。
よだかの星を読んだ読書感想
宮沢賢治の作品の中では、読みやすく感情移入しやすい作品だと思います。
その中でも、“自己犠牲”の尊さやスピリチュアルなものを形容した美しさに惹き付けられる作品です。
人々から忘れられない存在になるためには、博愛と自己犠牲の精神が大事だと改めて感じました。
よだかの星のあらすじ・考察まとめ
他の鳥たちからイジメられている“よだか”。
醜い容姿だと馬鹿にされ、鷹からは「タカの名前を使うな。市蔵に変えろ」と言われてしまいます。
よだかは巣を飛び立ったあと、たくさんの羽虫と2匹のカブトムシを食べて、自分は他の命に生かされていたことに気付きます。
遠くへ行きたいと願ったよだかは、星となり永遠に燃え続けたのでした。
タカが改名にあげた「市蔵」には、夏目漱石の「彼岸過迄」の市蔵や高山参詣を欠かさない信仰の厚かった市蔵さんという人の説があります。
天文学や生物学などいろいろな角度から楽しめる「よだかの星」は、読むたびに色々な感情を呼び起こす作品です。