「外科室」とは、明治時代に活躍した泉鏡花による短編小説です。
身分違いの2人の恋をテーマとしており、切ない恋の美しさと儚さがメインとなっています。
短い作品でありながら、絵画を見ているような美しい描き方をしているこの作品。
果たして、「外科室」では何が起こったのでしょうか?
そして、2人が選んだ結末とは?
作者がこの作品を通して伝えたかったことは?
今回は、そんな「外科室」のあらすじや感想から考察までを詳しく解説していきます!
「外科室」とは?
「外科室」とは、泉鏡花による短編小説です。
泉鏡花の代表作ともいえるこの作品は、日清戦争後に流行した観念小説の一作としても知られています。
1992年には坂東玉三郎監督により映画化され、吉永小百合さん・加藤雅也さんが出演されており、人気を博しました。
明治時代の時代背景や、恋愛において身分の差による弊害がどのように存在していたのかが描かれています。
作者名 |
泉鏡花 |
発売年 |
1895年 |
ジャンル |
短編小説 |
時代 |
明治 |
泉鏡花のプロフィール
「外科室」の作者である泉鏡花は、明治6年11月4日に石川県金沢で生まれ、本名は「泉鏡太郎」といいました。
彫金師の父と芸能関係の親族を持つ母の間で育ちますが、母親は彼が9歳の時に亡くなっています。
幼いころに母親を亡くしたことにより心に与えられた影響は、彼の作品にたびたび映し出されています。
鏡花は17歳の時に尾崎紅葉の「二人比丘尼 色懺悔」という作品を読み、小説家の道を選びます。
19歳の時に「冠弥左衛門」で文壇デビューを果たし、その後は「夜行巡査」「外科室」を発表し、話題の作家となりました。
外科室の特徴
「外科室」は主人公である語り手の「私」の目線で物語が進んでいきます。
小説の長さとしてはかなり短く、文体は古文ですが物語の展開が早く、読み進めやすいものとなっています。
物語の主な登場人物としては、「私」・高峰医師・貴船伯爵夫人の3人です。
医師と伯爵夫人の身分違いの恋を描いた切ない短編作品となっています。
私 |
高峰医師の友人。画家。 |
高峰医師 |
東京の病院の名高い外科医。 |
貴船伯爵夫人 |
高峰医師が担当する患者。 |
外科室の簡単なあらすじ
主人公である「私」は、友人の高峰医師の手術の様子を見学することになりました。
しかし、患者である貴船伯爵夫人は麻酔剤を受け付けません。
彼女は、「自分の心には一つ秘密があるから、麻酔のせいでうわごとを言ってしまうのがこわい」と言うのです。
周りの説得も届かず、手術は麻酔なしで始まります。
夫人は「あなたは私を知りますまい」と告げ、高峰の持つメスで自らの胸を掻き切ります。
そして同日、夫人の後を追うように高峰は亡くなりました。
外科室の起承転結
【起】外科室のあらすじ①
主人公の「私」は、画家という職業を口実に友人の高峰医師の手術の様子を見学させてもらうことになりました。
手術の患者は、貴船伯爵夫人という貴族の女性です。
彼女は深刻な病を患っており、一刻も早く手術が必要な状態でした。
「私」が外科室に入ると、手術台に横たわる夫人とその周りの人々の様子が目に入ります。
外科室には彼女の多くの親族が立ち合い、手術の準備が整っています。
執刀医である高峰は、落ち着いた様子で椅子に座っていました。
【承】外科室のあらすじ②
夫人は、手術のための麻酔剤を頑なに受け入れません。
貴船伯爵をはじめとし、周りの人々は彼女を説得します。
しかし夫人は、「自分の心には一つ秘密があるから、麻酔のせいでうわごとを言ってしまうのがこわい」と言うのです。
自分は痛くてもかまわない、麻酔が拒否できないならもう手術は必要ない、とさえ言い放ちます。
そして、自分を治療するのは高峰であることを今一度確認します。
手術の日取りを改めることも考えられましたが、夫人の容態は一刻を争う状態です。
そして、外科室では麻酔を使わずに高峰による手術が始まりました。
【転】外科室のあらすじ③
看護婦が夫人の体を押さえようとしますが、高峰はそれには及ばないと押し留めます。
高峰は責任をもって手術すると夫人に告げます。
夫人は白い頬を紅潮させながら、どうぞ、と一言答えます。
メスが夫人の胸に入ります。
彼女は暴れることもなく静かに落ち着いています。
周りの人々は夫人のその様子を見て、わななき、顔を覆い、背を向けるなどとそれぞれ苦しんでいました。
メスが骨まで到達すると夫人は「あ」と声を上げ、彼女の上半身が跳ね起きます。
高峰が「痛いですか」と問うと、「いいえ、あなただから」と答える夫人。
そして「でも、あなたは私を知りますまい!」と告げ、高峰の持つメスで自らの胸を搔き切ります。
慄きつつ、高峰は「忘れません」と夫人に答えます。
それを聞いた夫人はあどけない笑みを浮かべ、絶命します。
その時は、まるで天も地もない、社会さえも存在しない2人だけの空間のようでした。
【結】外科室のあらすじ④
外科室で手術の様子を見ていた「私」は、9年前の回想を始めます。
ある日、「私」と高峰は2人で植物園を散策していました。
園内の池に沿って歩いていると、遠くから観光客の一帯がやってきました。
2人は貴族の婦人の集団とすれ違います。
その華麗な様子に感動した2人は、貴族の女性いかに美しいものか、周りとは比べ物にならないと語り合います。
高峰は「私」に、「真の美人が人を動かす」と言います。
その9年後、あの日の外科室の出来事まで、高峰はすれ違った貴族の婦人のことを口にしたことはありませんでした。
彼は品行方正な医師であったにもかかわらず、妻を持ちませんでした。
そして手術の同日、夫人の後を追うように高峰は亡くなりました。
「私」は心の中で、この2人は罪悪があって、天国に行くことはできないのだろうかと問い、物語は終わります。
外科室の解説(考察)
高峰と夫人は、9年前にすれ違った一瞬で恋に落ちています。
しかし、互いに思いを秘めたままそれぞれの立場で日々を生きています。
外科室での2人は、必要最低限の会話しかしていません。
夫人は高峰への思いをこぼさないために、麻酔を拒んだのです。
少ない言葉の中でも、2人は互いの思いが通じ合った一番幸福な日に、死を選んだのでしょう。
外科室の作者が伝えたかったことは?
この作品は、明治時代の身分差という時代背景が色濃く描かれています。
貴族と医師という身分の差がある2人は、現世で結ばれることは叶いませんでした。
しかし、それすらも超越する愛の強さで思いを伝えあっています。
どのような形でも、地位や身分、肩書を全て取り払った末に残る、愛の美しさを伝えたかったのだと思います。
外科室の3つのポイント
ポイント①高峰と夫人の切ない純愛!
互いに一目惚れをした2人は、静かにその思いを大切にしていました。
高峰は、9年間「私」にそのことを一切口にしないほどです。
身分の差が分かっているからこその選択であり、2人とも命をかける価値があるものだったのでしょう。
相手が自分を知らないと思っていたからこそ、思いが通じ合った時の幸福は計り知れないものだったのだと思います。
ポイント②台詞の裏に隠された、愛の伝え方!
この作品では「好き」や「愛している」といった愛情表現は出てきません。
夫人の「あなたは私を知りますまい」の言葉から高峰はその思いを感じ取り、自身も死を選びました。
高峰の「忘れません」は、夫人からの愛への答えです。
はっきりとした言葉がなくとも、2人の互いを愛する様子が伝わってきます。
ポイント③2人は、天国で結ばれるのか?
「私」は最後に、この2人は天国に行くことはできないのだろうかと心の中で問いかけます。
2人は同日に、互いの愛を確認してこの世を去ります。
しかし身分の差があったとはいえども、自殺という道を選んだ2人。
果たして天国に行くことはできるのか。
天国で結ばれるのだろうか。
そんな疑問と切なさが残る結末となっています。
外科室を読んだ読書感想
明治時代当時の身分差は、今よりも激しいものだったと思います。
麻酔をせずに手術をするなんて、夫人の思いは正に命がけだったのだと感じました。
外科室で行われた手術は、一瞬2人だけの空間が存在しました。
ハッピーエンドとは言えませんが、2人は幸せの中亡くなったのだと思いました。
外科室のあらすじ・考察まとめ
すれ違った一瞬から互いを思い、死をもって結ばれようとした医師と貴族。
そんな2人を見守った「私」の中に残る切ない疑問。
願わくば、天国では幸福に結ばれてほしい…。
美しい純愛を描いた、泉鏡花の傑作に触れたい方はぜひ読んでみてください!