あなたは、よく似た顔の夫婦を見たことがありますか?
一緒にいる時間が長いと顔が似てくるという話は、よく聞きますよね。
今回紹介する「異類婚姻譚」は、ある女性の結婚生活を描いた不思議な作品です。
この記事では「異類婚姻譚」のあらすじやネタバレから感想・考察まで徹底的に解説していきます。
異類婚姻譚とは?
結婚生活には、共依存の要素が少なからずあるはずです。
夫婦で一緒にいる時間が長すぎてお互いの顔が似てきたと思った時から、夫の顔に注目するようになった妻。
妻の前でリラックスしすぎた夫の顔は、人間の形を保てなくなってしまいました。
「人間」の形を保つことができなくなった夫を、妻は自然に還すことにします。
人間としてではなく、花として生き生きと存在する夫にしばらく見とれていた妻は、やがて逃げるように去っていきました。
作者名 |
本谷 有希子 |
発売年 |
2015年 |
ジャンル |
現代文学・純文学 |
時代 |
現代 |
本谷有希子のプロフィール
本谷有希子 1979年
石川県出身で、小説家や劇作家、声優など幅広いジャンルで活躍しています。
2005年にラジオ番組でも活躍し、同年に発表した「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」が2007年に映画化されました。
2016年に「異類婚姻譚」で第154回芥川賞を受賞します。
執筆は手書きで行い、執筆に行き詰まると原稿に絵を残したりして、時間を置いてから客観視できるように工夫しているようです。
本谷有希子の代表作
小説における代表作としては、「生きてるだけで、愛」や「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」などが有名です。
その描写の繊細さゆえに、漫画家や映画化された作品が多く存在します。
日常とはかけ離れたファンタジー的な世界を描くことが得意で、多くの読者から共感を得ています。
異類婚姻譚の主要登場人物
私(サンちゃん) |
結婚4年目。専業主婦です。 |
旦那 |
2度目の結婚で私と結婚しました。怠惰な性格です。 |
センタ |
私の弟です。 |
ハコちゃん |
センタの恋人です。 |
キタエさん |
私と同じマンションの住人です。飼い猫の粗相に悩まされています。 |
アライ |
キタエさんの夫です。地蔵のような見た目をしています。 |
サンショ |
キタエさんの飼い猫です。 |
異類婚姻譚の簡単なあらすじ
私は最近、自分の顔が旦那とそっくりになってきたような気がしています。
旦那の顔は臨機応変に形を変えており、私といる時だけ顔の配置が適当になっています。
やがて旦那は会社を休むようになり、その代わりに家事をするようになりました。
一方で私は家事を奪われ、以前旦那がそうしていたように、テレビを見たり酒を飲んだりするしかなくなってしまいました。
旦那は毎晩揚げ物を作るようになり、私はうんざりしていましたが、揚げ物を食べることをやめませんでした。
久しぶりに見た旦那の顔は、私と旦那がちょうど半々になった顔をしています。
私は、以前新婚旅行で旦那と海外に行った時に、家での怠惰な生活が想像できないくらい生き生きと旅をする旦那のことを思い出しました。
「あなたはもう、旦那の形をしなくていいから、好きな形になりなさいっ。」と私が叫ぶと、旦那は山芍薬になりました。
私は山に行き、山芍薬になった旦那を紫色の竜胆の隣に植えてきました。
翌年旦那の様子を見にいくと、山芍薬と竜胆がどちらが旦那なのかわからないほど似ていることに気づき、逃げるように山を下りました。
異類婚姻譚の起承転結
【起】異類婚姻譚のあらすじ①油断する旦那の顔
ある日、私は自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気がつきました。
同じマンションに住むキタエさんから聞いた話では、顔がそっくりになってきた夫婦の近くに石を置くと、夫婦の顔が元に戻ったようでした。
私の旦那は実はバツイチで、前妻の前では怠惰な自分をさらけ出せず、疲れて離婚してしまったらしいのです。
旦那はめんどくさいことから逃げる人です。
2人で買い物に行った時、旦那が道端に痰を吐いたことを通行人の女性に注意された時も、まるで他人事のようでした。
私は仕方なく旦那の吐いた痰をそっとハンカチで拭きましたが、女性から「よくやるね。あんたの痰でもないのに。」と言われてしまいました。
歩きながら旦那の顔を見てみると、目鼻が顔の下のほうにずり下がっていました。
私が「あっ。」と大きな声をあげると、その声に反応したように旦那の顔のパーツは元の場所に戻りました。
今のは一体何だったのでしょうか。
【承】異類婚姻譚のあらすじ②ゲームに夢中になる“旦那らしきもの“
よく注意してみると、旦那の顔は臨機応変に変化しているようでした。
人といるときは体裁を保って旦那の顔をしていますが、私といるときだけは目や鼻が適当に配置されているようです。
ある時、いつもより元気のなさそうなキタエさんを見かけたので、カフェに誘ってみました。
話を聞いてみると、サンショの粗相が酷いので山に捨てに行こうかと思っているそうでした。
山と聞いて私はふと、旦那との新婚旅行を思い出します。
旦那は体を動かすのを面倒くさがる人ですが、マチュピチュ遺跡を見に行きたいと言い出しました。
しかし、いざとなると誰よりもハツラツとしてハードな道を歩いて行き、しまいには「俺には、標高が足りなかったんだなあ。」などと言っていたのです。
ある日の買い物帰りにハコちゃんと会い、結婚について聞いてみると、蛇ボールのようなものだと言っていました。
夕食後、珍しく旦那がテレビではなくiPadに夢中になっているので、何をしているのか聞いてみると、コインを集めるゲームをしているようでした。
それから旦那は風呂の中でも、トイレの中でも、布団の中でも、チャリンチャリンとコインを集め続けました。
旦那の顔は恐ろしいほど崩れ、もはや本当に旦那なのかわからなくなってしまいました。
【転】異類婚姻譚のあらすじ③サンショを山に捨てにいく
旦那の体調がよろしくなく、よく会社を早退するようになっていました。
旦那は相変わらずゲームに夢中で、人間らしい生活をやめてしまえという声に誘惑されているのかもしれないと思いました。
ある日買い物から帰ると、旦那が揚げ物を作っていました。
体調が治ったようね、という問いかけに答えず、旦那はギョロついた目を皿に落とし、揚げ物を黙々と食べ続けていました。
私の顔はついに私を忘れかけていて、代わりに旦那の顔に近づいています。
私はキタエさんの頼みで、サンショを山に捨てに行くことにしました。
キタエさんの夫であるアライ主人も一緒に、群馬の山にサンショを捨てました。
その際アライ主人から、「あなたも旦那さんとのあいだに、何か挟んだほうがいいかもしれないね。」とアドバイスされました。
【結】異類婚姻譚のあらすじ④山芍薬になった旦那
旦那は相変わらず揚げ物を揚げ続けていました。
「今日は揚げ物、食べたくない。」というと、旦那はのんびりした声で「あら、どうして?」と聞き返してきました。
揚げ物を食べると頭がぼうっとして子供のことや前の奥さんのことなど、大事な話ができなくなります。
しかし旦那は、家で大事な話なんかしたくないそうです。
「サンちゃんも、大事な話なんかしたくないんでしょう」と言われてしまいましたが、言い返すことができませんでした。
その声は、もはや旦那のものではありませんでした。
旦那の話し方は私を真似、私の容姿を真似、別の生き物のようになりました。
「あなたはもう、旦那の形をしなくていいから、好きな形になりなさいっ。」という私の言葉で、旦那は山芍薬になりました。
夫婦とは不思議なもので、これほど近くにいながらも、私は旦那が山芍薬になりたかっただなんて、知らなかったのです。
夜が明けてから、私は山芍薬を山に還しに行きました。
サンショを逃した場所の近くに咲いていた、紫色の竜胆の隣に並べて植えました。
翌年の晩春、私は旦那に会いに山に行きました。
透き通るような白い花を咲かせている旦那の姿は、涙が出るほど綺麗でした。
そして、竜胆と山芍薬がよく似ていることに気付くと寒気がしてきて、私は逃げるように山を下りました。
異類婚姻譚の解説(考察)
「異類婚姻譚」では、結婚のあり方が描かれています。
「私」は旦那の顔が旦那ではなくなっていることに気がつきます。
旦那の顔が変わっていることは、旦那が旦那としての役割を拒否していることを示しています。
ここでいう旦那としての役割とは、外に働きに出て、妻を養うことです。
その役割を拒否する旦那は、現実逃避をするようにゲームに夢中になったり、最後には妻である「私」と入れ替わろうとしています。
揚げ物を作ることだけに集中し、「私」と大事な話をすることを避けています。
ずっと保留にしていた子供の話や、最近連絡を寄越すようになった前妻の話を頑なに拒んでいます。
そんな旦那の姿を見た「私」は旦那に詰め寄りますが、自分が結婚のメリットを享受していることを突きつけられてしまいました。
「私」は「妻」としての役割を担う代わりに、「旦那」に寄生している事実を否定することができませんでした。
一緒に過ごすうちに似てきたり、しまいには入れ替わってしまったり、夫婦の不思議な生活をリアルに描いています。
毎日一緒にいるけれど、大事な話なんかしなくても生活は成り立ってしまう・・・そんな夫婦の最後は、ファンタジーな展開を迎えます。
異類婚姻譚の作者が伝えたかったことは?
「異類婚姻譚」の最後は、旦那が山芍薬になって突然終わりを迎えました。
旦那は「私」と入れ替わるだけでは満足できず、山に帰ることを望んだのです。
作者は、旦那を山芍薬の姿に変えることで、2人の夫婦生活に足りなかったあるものを体現させています。
山芍薬は春先に白い花びらをつけて咲く花で、花言葉は「恥じらい」だそうです。
つまり、2人の夫婦生活に足りなかったものは、互いへの「恥じらい」だったのでしょう。
一緒にいると楽というのは、結婚生活においてとても重要な要素であることは間違いありません。
しかし、それによって共依存の関係ができてしまうことで、2人の間には一切の隔たりがなくなってしまいました。
2人の間に隔たりがあるからこそ、夫婦の生活は成立し、それぞれの役割を全うすることができるのです。
結婚というのは様々なバランスが大切です。
そのバランスを保てなくなってしまうと、旦那のように、人として生きることさえ困難になってしまいます。
作者は「異類婚姻譚」で、人間社会で自分の役割を理解し、役割どおりに生きていく難しさや煩わしさを伝えたかったのだと思います。
異類婚姻譚の3つのポイント
ポイント①そもそも「異類婚姻譚」とは?
「異類婚姻譚」とは、この作品のタイトルでもあり、説話のジャンルでもあります。
人間と人間以外のものが結婚するという類の物語の総称で、日本だけでなく世界に「異類婚姻譚」は存在するのです。
今回紹介した作品は、人間と人間の夫婦の話にも関わらず、「異類婚姻譚」というタイトルをつけるところに面白さを感じますよね。
ポイント②山に捨てられたサンショ
作中に登場する猫のサンショは、どのような役割を担っているのでしょうか?
結論から言うと、「私」の生活にヒントを与える役割をしています。
キタエさんはサンショの粗相のせいで、「家に住んでいるのか、猫のトイレに住んでいるのかわからない」と吐露していました。
人間であるキタエさんの生活の中にサンショが入りすぎてしまったせいで、2人の間に隔たりがなくなっています。
この状況が「私」とよく似ており、「私」は旦那を山に返すことにしたのです。
ポイント③旦那への愛情は消えない
「私」が旦那を山に還したことを、旦那を見捨てたのだと感じる人もいるかもしれません。
しかし、「私」は旦那を人間社会から解放してあげたのだとも言えるのです。
旦那が山芍薬になる時も、「私になるんじゃなくて、あなたはもっと、いいものになりなさい。」と言っています。
また、旦那が寂しくないようにわざわざ竜胆の隣に植えてあげている姿も、旦那への愛情を感じました。
いくらバランスが崩れようとも、やはり完全に愛情が消えることもないと言うのも、人間のリアルな描写ですよね。
異類婚姻譚を読んだ読書感想
初めてこの作品を読んだ時、旦那の顔が崩れていくという非現実的な展開にも関わらず、リアルな恐怖を感じました。
一緒にいる時間が長くても、相手の考えていることを全て理解することはできません。
旦那が人間として生きることを放棄したことは、「私」にとって意外なことではなかったかもしれません。
花になった旦那への愛情を完全に消し去ることのできない「私」の心情は、「私」が紛れもなく人間であることを示しているようだと思いました。
異類婚姻譚のあらすじ・考察まとめ
私たちは日頃、人間社会で生きていくことのわずらわしさを感じています。
与えられた役割や周りからの評価など、自分を見失ってしまうような要素ばかりです。
人を羨み、誰かの人生と入れ替わりたいと考えたこともあるでしょう。
この作品を読んで、「花になった旦那と入れ替わりたい」と思った方もいるのではないでしょうか。
しかし、私たちは残念ながら山に還ることはできません。
人間として、人間と一緒に生きていくしかないのです。