「ぼくは勉強ができない」というとてもインパクトのあるタイトルの本作、一体どんな内容なのだろうと興味をそそられますよね。
この作品は、山田詠美さんという女流作家さんが、男子高校生の思春期の葛藤を描くという青春小説です。
高校生の目線で切り取られた日常の中で感じる
「様々な違和感を親や恋人、同級生との交流を通して本当の答えを追い求める」
という内容で、読み終えた後にとても清涼感のある作品です。
この記事ではそんな「ぼくは勉強ができない」についてネタバレを含めて、あらすじや感想からポイントまで解説していきます。
「ぼくは勉強ができない」とは?
勉強はできないけれど女の子にはモテる、そんな男子高校生が主人公の物語です。
居心地の悪い学校では教師から凝り固まった価値観を押し付けられることに疑問を抱き悶々としています。
同級生や恋人、家族との触れ合いのなかで自問、葛藤を繰り返しながら揺るぎない何かを追い求める青春小説です。
30年近く前の作品ですが古さを感じさせない普遍性があります。
作者名 |
山田詠美 |
発売年 |
1993年 |
ジャンル |
青春小説 |
時代 |
昭和の日本 |
山田詠美のプロフィール
1959年東京生まれの小説家、漫画家。
幼い頃は父親の転勤のため、引越しを繰り返します。
小学5年生の頃に栃木県鹿沼市に移り住み高校まで過ごします。
明治大学文学部日本文学科に入学し漫画研究会に入ります。
そこで早くから才能を発揮し、「女子大生エロ漫画家」としてデビューします。
1981年には大学を中退し、クラブなどで働きながら漫画の作品を発表していきます。
1985年に「ベッドタイムアイズ」で文藝賞を受賞し小説家デビューを飾る事になります。
デビュー作から続けて芥川賞候補となるが受賞には至りませんでした。
その後、「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞を受賞します。
私生活では米軍基地勤務の男性と結婚しましたが、2006年に離婚、2011年に劇作家と再婚しています。
「ぼくは勉強ができない」の特徴
主人公の秀美の目線で物語は進行していきます。
家族や恋人、教師や同級生などとのエピソードを通して秀美の心情をなぞりながら葛藤と成長を描写していきます。
軽快で洒落の効いた会話がテンポをうんでとても読みやすく、グングン物語の世界に引き込まれていくでしょう。
見出し2:作品名の主要登場人物
時田秀美 |
17歳の高校生でサッカー部に所属している。母と祖父と3人暮らし。勉強はできないが女の子にはモテる。 |
桃子 |
秀美の彼女。バーで働いている。 |
桜井先生 |
秀美の担任でサッカー部の顧問でもある。秀美の良き理解者でもある。セックスが弱い。 |
作品名の簡単なあらすじ
高校生の秀美は素敵な年上の恋人がありながら、悶々とした日々を過ごしています。
良い成績をとること、健全に生きるとは、様々な価値観に疑問を抱いています。
母親や祖父、担任の教師らから助言をもらいながら自分自身の内面に語りかけながら、確固たる価値観を築き上げていく、そんな荒削りだが若く力強い生命力のある作品です。
作品名の起承転結
【起】勉強のできる奴と女にモテる奴
「脇山」
クラス委員長の投票で秀美を3票差で上回った脇山茂は、選出された事を誇っていました。
秀美にとっては興味のない事でしたが、忘れなれない小学5年生の頃の記憶が蘇ります。
当時、転校したばかりの秀美はクラス委員長の投票で親切そうな伊藤友子に投票します。
ところが彼女の名前を書いたことが、ある事件に発展してしまいます。
伊藤友子は勉強ができなかったのです。誰かがふざけて彼女の名前を書いたと思った教師は真面目にやれと怒ります。
それに対し秀美は反論します。どうして勉強ができないからといってクラス委員に投票してはいけないのかと。教師に答える言葉はありませんでした。
秀美の担任でサッカー部の顧問でもある桜井先生は味わい深い「いい顔」をしいる。女性に人気があり話も面白い、秀美はそういう彼を尊敬している。
秀美の良き理解者でもあります。
脇山茂はきっと女にもてない。秀美はモテない人間は信用していません。
何かと対抗意識を示してくる脇山を煩わしく思っていた秀美は、テストの点数をひけらかしてくる脇山に直接「おまえ、女にもてないだろ」とやり返します。
すると脇山は顔を真っ赤にして絶句するのでした。
「真理」
秀美は幼馴染の真理に頼んで脇山に色仕掛けることにします。
男慣れしている真理にとって脇山を虜にすることは簡単なことでした。
耐性のない脇山はのめり込み成績も落ちてしまいます。
頃合いをみて真理に脇山を振る様に仕向けます。「つまらない」と呆気なく否定された脇山は憔悴してしまうのでした。
「植草と黒川礼子」
サッカー部の植草は「高尚な悩み」を抱えています。
植草は物知りで通っており、難しい言葉を使って得意がる様なところがありました。
それでもどこか抜けていて、憎めない存在です。
黒川礼子は色が白く綺麗な顔をした副委員長です。
体が弱くよく貧血を起こして倒れてしまいます。以前に植草と付き合っていたという噂がありました。
興味をもった秀美はその事を黒川礼子から聞き出します。
付き合っていたのは事実だが、すぐに別れたといいます。
理由は貧血で具合が悪くなった礼子をよそに、小説家の話を得意げに続ける植草に幻滅したのだという事でした。
【承】桃子の裏切り
ある日、秀美は桃子さんの家に連絡をしないで行ってみることにしました。
部屋の中からは確かに人の気配があるのに何度ドアをノックしても返事はありません。
この出来事で秀美はこれまでにない不安な気持ちに心を支配されてしまいました。
翌日、秀美は桃子の店に昨日のことを問いただしに行きます。
ところがどこかよそよそしい桃子を前に、話を切り出せず店を後にするのでした。
悶々とする秀美はそのことを黒川礼子に相談してみます。
すると案の定、本人に聞いてみるしかないと言われます。
そして振られた時に読めと詩集を渡され励まされます。
決意をもって対峙した秀美に桃子はあっさり浮気を認めます。過去に付き合っていた男性と一緒にいたのだといいます。
桃子の話を一通り聞いた秀美は「ぼくは、どうすればいいの?」と情けなく尋ねます。
桃子は「それはあなたが決めることよ」と答えるのでした。
茫然自失の秀美は喧噪を求めて友人宅に向かうのでした。
真理の語る男女の真理
「真理」
学校を1ヶ月停学になった真理は暇をしているので家に遊びに来いと誘ってくれました。そこで桃子の話になります。
真理曰く、秀美は健全すぎるから振られたのだといいます。
純愛ごっこでは男女の本質には迫れない、セックスという欲求に根ざした部分にこそ惹かれ合う力があるのだと主張し、なかなか説得力がありました。
好きだから一緒にいたいというだけでは退屈なのでしょう。
その後、秀美は「健全な精神」を育むためにサッカー部の練習に打ち込むようになります。それは桃子への気持ちを断ち切る為でもありました。
ところが、その練習中に頭を強く打ち保健室に運ばれてしまいます。
気が付いた秀美は不意に桃子のことを思い出します。
次の瞬間、桃子のいるバーへ走り始めていました。そして桃子に情けない顔をして会いたかったと伝えるのでした。
「田嶋と片山」
珍しく風邪をひいて寝込んでいる秀美の家に同じクラスの田嶋が見舞いに訪れます。
そして仲の良かった片山が自殺したという話を聞かされます。
遺書がなく動機がわからないのだといいます。
田嶋と秀美は片山との思い出話をはじめます。
片山はよく本を読んでいて話題が豊富でした。その中で「時差ぼけ」の話を田嶋が思い出したのです。
人間の体内時計は本来25時間で回っていて、24時間周期ではズレが生じてしまう、それを解消できない人間がたまにいるのだということでした。
田嶋は時差ぼけが原因で片山が自殺をしたのではないかとぼんやりと話しました。
秀美もまた片山が自殺に向かってしまった心情を推し量ります。
自殺という道ではなく、みんなを笑って過ごす日常を選ぶこともできたのではないかと思いその判断を悔いるのでした。
見出し3:少し大人に近づいて
「川久保と山野舞子」
ぶりっ子で男子から人気者の山野舞子は自身を繕うことに手を抜きません。
見た目も振る舞いも完璧に作り上げられた女の子です。
そんな打算を見抜けない川久保は山野舞子に告白する決意をします。
ところがいざその時になって川久保は尻込みしてしまい、秀美に想いを伝えて欲しいと依頼するのでした。
しぶしぶ頼みを聞き入れる秀美でしたが、結果はノーでした。
その場を切り上げようとすると山野舞子は秀美に対する好意を表すのでした。
正直、山野舞子の様な女の子が苦手な秀美は本心を隠して桃子の存在を理由に断ります。
ところが、とりみだした山野舞子は桃子の事を水商売で不潔だと言い出します。
それを聞いた秀美は演技して気を引こうとしている女に興味はもてないと切り捨てます。
すると山野舞子は秀美の頬を叩いて怒りをぶちまけます。
秀美だって自由ぶった演技をしていると反撃をくらいます。
他人からの視線と自分からの視線の齟齬を取り繕うとしてしまう不純さを意識してしまい苦悶するのでした。
月日は流れて秀美も進路を決める時期がやってきます。
漠然と大学に進学する事に疑問を持ってはいるのですが、かといって取り立ててやりたい事もない、そんな秀美の状態をみて桃子は「焦燥」と表します。
真理は水商売をするために整形手術をうけるのだと息巻いています。
秀美は焦燥感を募らせて行きます。
それを見兼ねた桜井先生が秀美語りかけると秀美はすっきりした様に大学に行く事を告げるのでした。
ぼくは勉強ができるようになりたいと、点数をとる事が目的の「お勉強」ではなく、いろいろなことを知ることに前向きに捉える秀美がいるのでした。
「僕は勉強ができない」の解説(考察)
秀美が疑問を抱いたり、悩んだりすることは読者に対しての問いかけだと思います。
作品の発表された時代は今よりも露骨な学歴社会であったと思います。
その社会のレールに有無を言わさず載せられる高校生、そんな社会のあり方に疑問を投げかけたのではないでしょうか。
また、他人の目(社会)と自分の目(自我)の齟齬に悩む時期でもあります。
うまく他人と接することができなかったし、どう見られているのか過剰に気になったりします。
そんな悩みを抱える読者に、肩肘張らずに自然体でいることでいいのだと秀美が言っている様に思われます。
作品名の作者が伝えたかったことは?
学校という一つの社会に身を置きながらそこで接する様々な価値観に対峙した時に、自分はどういう態度をとるべきなのか、大人と子供の間の高校生ぐらいの年代では誰もが抱く悩みです。
作者は悩み、葛藤する事で自分自身の本当に大切な価値観を獲得する事ができるのだという事を伝えたかったのではないでしょうか。
恋愛と喪失の中で自己を否定された経験から勝ち取れる本当の答えこそ尊いのだという事がわかります。
また、分かり合えない教師も母親が話してみると悪い人ではないという事がわたったりする、一人の人間にもいろいろな側面があるという事を教えてくれます。
白か黒かを価値判断するだけではなく、多角的な視点と柔軟な価値観を育んでいく術を示してくれていると思います。
作品名の3つのポイント
「ぼくたちは勉強ができない」
非常に似たタイトルですが、こちらは学園ラブコメの漫画です。
少年ジャンプ連載でコミックスも21巻まで発売しています。
アニメ版も2期まで製作されており人気作です。本作とは特に関係はないようですが・・・。
見出し3:影響を与えた人
芥川賞作家の綿矢りさ、金原ひとみは受賞の際に、影響を受けた作品に山田詠美の「放課後の音符」を挙げています。
女流作家の先駆けとして後進に多大な影響を与えた事がわかるエピソードです。
「眠れる分度器」
番外編として「眠れる分度器」という短編小説が収録されています。
秀美が小学生時代のエピソードで、奥村先生と仁子が主軸のストーリー展開です。
高校生になった秀美の原点を探れる作品です。
作品名を読んだ読書感想
秀美は「お勉強」ができないだけで決して頭が悪いわけではありません。
良い成績をとって良い大学に入ってみたいな価値観には興味がないのです。
そんなことより恋人と甘い時間を過ごしている方がよっぽど人生には大切な時間だと感じているのでしょう。
人を愛おしく思うという事で他者を想像したり、自分の魅力に気づいたり学べる事は沢山あります。
恋人の桃子さんが浮気をした時に味わされた敗北感、それでも忘れられない桃子へ素直な気持ちを伝えるところは、見栄やプライドより大切なものを獲得した瞬間でした。
それは情けない姿で伝えた気持ちであったかもしれませんが、高校生の男の子がとても格好良く感じられました。
作品名のあらすじ・考察まとめ
高校生は子供でもない大人でもないどっちつかずの時期です。
人間関係も複雑になり、現実を意識して受けいれていかなくてはなりません。
その過程で起こる反発は誰しもが経験してきたことだと思います。
大人になって読むと若者の悩みだと懐かしむと同時に、忘れていた感覚を思い起こさせてくれる、どこか懐かしく、切なくなる、そんな作品でした。