「卒業式」と聞くと、みなさんはどんな場面を思い出すでしょうか?
私は、小学校の卒業式で「旅立ちの日に」を歌ったときのことや、中学で所属していた部活のこと、高校でアルバイトに明け暮れた日々などが思い出されます。
読むと、そのような学生時代の記憶を自然と思い返してしまう、そんな作品が朝井リョウ作の「少女は卒業しない」です。
当時学生であった作者が書いたこの物語は、大人と子供の間にいる若者の心理を見事に表現しています。
この記事では、そんな「少女は卒業しない」の作品のあらすじからネタバレ、感想・考察までを徹底的に解説していきます。
「少女は卒業しない」とは?
この作品は、取り壊しが決まっている高校の卒業式を舞台にした連作短編集です。
誰しもが少なからず味わったことがあるであろう、青春時代の甘酸っぱかったり、苦かったりする感情をこの本を通して感じることができます。
読み手が学生ならば、リアルタイムに自分の感情を重ねて共感することができるでしょう。
大人が読めば、自分の経験に照らし合わせて懐かしい思い出を蘇らせてくれる、そんな物語です。
作者名 |
朝井リョウ |
発売年 |
2012年 |
ジャンル |
連作短編小説 |
朝井リョウのプロフィール
1989年、岐阜県生まれ。
早稲田大学文化構想学部、卒業。
2009年、大学在学中に「桐島、部活やめるってよ」で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビューしました。
在学中はさらに、「少女は卒業しない」などの小説を執筆・刊行。
2012年、大学を卒業して一般企業に就職。
2013年には、「何者」で第148回直木賞を戦後最年少で受賞しました。
現在は、専業作家として執筆活動を行っています。
朝井リョウの代表作
「桐島、部活やめるってよ」をはじめとして、「チア男子‼︎」「もういちど生まれる」「何者」「世界地図の下書き」などの作品があります。
エンターテイメント性のある作品から、人間のリアルな部分に切り込んだ作品、繊細な描写の小説など、作品は多岐に渡ります。
平成生まれの作者ならではの感性を反映させたテーマや、題材を扱っている作品も多く、朝井リョウ作品の魅力のひとつとなっています。
少女は卒業しないの主要登場人物
作田 |
卒業生の女子。図書室の先生に恋をしている。 |
孝子 |
優等生な女子。ダンスがうまい尚輝と幼馴染。 |
岡田亜弓 |
生徒会に所属する在校生。卒業式で送辞を読む。 |
後藤 |
女子バスケットボール部の部長。男子バスケットボール部の寺田と付き合っている。 |
神田杏子 |
軽音部の部長を務めていた女子。同じ部の森崎とは中学から部活が一緒。 |
高原あすか |
カナダに住んでいて転校してきた女子。絵を描くのがうまい正道と美術部に入っていた。 |
まなみ |
料理部の部長であった女子。卒業式の後、夜の学校に忍び込む。 |
少女は卒業しないの簡単なあらすじ
合併・統廃合が決まり、卒業式が終わったら校舎が取り壊されることになっているある高校でのことです。
卒業式の朝、ある女子はずっと思いを寄せていた先生に最後の告白をしようとしています。
式が始まる直前、屋上では、幼馴染の門出を見届けようとしている少女がいました。
卒業式の送辞を読む生徒は、あるひとりの卒業生に向けて思いを語ります。
ある女子は、お互いの進路のために、付き合っていた男子に別れを告げなければと思っていました。
またある女子は、卒業ライブで自分だけが知っていた彼の秘密が知られてしまうと焦っていました。
帰国子女だった女子は、高校での唯一の友達にまた必ず会いに来る、と約束しています。
卒業式が終わった夜には、卒業式が終わっても、絶ち切れない思いを抱えたままの2人が校舎に入り込んでいました。
これは卒業式の日をめぐる、7人の少女の物語です。
少女は卒業しないの起承転結
【起】少女は卒業しない名のあらすじ①卒業式の朝
3月の終わり、高校生の作田は寝る前に明日の準備をしていました。
明日3月25日は、高校の卒業式が行われる日です。そして、合併・統廃合のために学校が取り壊される前の最後の日でもありました。
眠るまで、作田は先生に借りた分厚い文庫本を読みます。
図書館の本の返却期限切れ常習犯である作田でしたが、この本は明日必ず返さなければなりません。
作田にとって、明日は先生に借りた本の返却日なのです。
卒業式当日の朝、作田は先生と待ち合わせて学校に向かいます。
先生には「本を返したい」という理由だけで、いつもより早く来てもらったのでした。
まだ高校2年生だった3月、作田は町についての研究発表のために、友達と図書室で資料を探していました。
なかなか研究はまとまらず、じゃんけんで負けた作田はひとりで古い資料を取りに行くことに。
外は雨が降っていましたが、作田はそのとき傘を持っていませんでした。
書庫がある東棟まで走り出そうとすると、「傘、ないんですか」と図書室にいた先生が傘をさしてくれました。
ちょうど用事があるという先生と一緒に、作田は書庫へ向かいます。
本を取ってもらう拍子に、先生のポケットから飛び出した写真が目に入りました。
作田は「恋人ですか?」と先生に尋ねましたが、先生は「僕が渡したかったのはこちらなので」と作田に本を渡すばかりでした。
手帳に戻す前に写真をほんの少し見つめた先生の姿を見て、作田は先生が好きになってしまいました。
卒業式の前に図書室に入りたい、と作田は先生に頼みました。
本の話や、同級生の話をしている中で、「図書室ってなんのための場所か知ってますか?」と先生に聞く作田。
先生は、「本を貸し借りするための場所ですよ」と答えました。
しかし続けて、「だけど今日は、本を返すための場所ですね」と言うのでした。
本を返したら、ほんとうに、さよならだ。
作田は思いましたが、借りていた本を先生に差し出しました。
先生はいつものように受け取って「返却期限、守れるじゃないですか」と言いました。
「好きでした、先生」と言う作田。
先生は「ありがとう、作田さん」と微笑みました。
無理やり過去形にした思い。でもそうすればやっと、卒業式に向けてのエンドロールが始まってくれます。
【承】少女は卒業しないのあらすじ②卒業式のはじまり
孝子と、幼馴染の尚輝は、2人で東棟の屋上にいました。
あと20分で卒業式が始まる時間です。
昨日、久しぶりに尚輝からメールがきて、卒業式の今日に待ち合わせすることになったのです。
尚輝とは、家が近くて幼稚園の頃からずっと一緒にいた仲でした。
尚輝は小さな頃からダンススクールに通っていました。
中学に入ってからはどこかの事務所に所属して、仕事のために授業を早退することもありました。
孝子はそんな尚輝の姿を見て、すごいと思うと同時に、いつかどこか遠くに行ってしまうのではないかと怖くもあったのでした。
2人が進学した高校は進学校だったため、ほとんどの生徒が国公立大学進学を目指していました。
中学の時とは違って、尚輝が事務所に所属していることは、嘲笑されることもある異色な事実でした。
仕事のために授業を休む尚輝に先生たちは顔をしかめ、「芸能人にでもなるの?」と言う生徒もいました。
高2の3学期、期末テストを無断欠席して仕事に向かった尚輝は、そのまま学校を辞めました。孝子は尚輝から何も聞いていませんでした。
期末テストの順位表が配られた日の夜、尚輝からメールが届きます。
打ち損じたのであろうメールには、「あと5分後、6チャンネリ」と書かれていました。
急いでテレビをつけた孝子は、画面の中にバックダンサーとして踊る尚輝の姿を見つけます。
孝子は、尚輝は期末テストなんて受けなくて良かったのだと確信していました。
同時に、尚輝がどこか遠くへ行ってしまう、という幼い頃から感じていた恐れが実現してしまったのだと感じていました。
ずっと優等生で居続けてきた孝子にとって、尚輝は自分にできないことをやってのける憧れの存在でした。
卒業式の始まりのチャイムが鳴ります。
孝子はクラス代表の役割があったことを思い出しますが、今は尚輝と同じ景色を見ているほうがいい、と思うのでした。
「俺、明日、大きな仕事のオーディションがあるんだ」と尚輝は言います。
「最後に、孝子に俺の踊ってる姿、見てもらおうと思って」と言って、尚輝は踊り出しました。
踊っている尚輝は、泣いていました。
孝子は、尚輝もずっと不安だったのだと分かっていました。
自分だけ、違う道を選ぶと決めたとき、どれだけ怯えていたのだろう、と。
踊る尚輝の美しい姿を、必死に泣くことをこらえながらただ、見つめていました。
卒業式が始まり、在校生代表の送辞を読んだのは岡田亜弓でした。
その送辞は、卒業生のある人へと向けたものでした。
去年、卒業式後の恒例行事となっている卒業ライブを見にいった亜弓は、照明をやっていた男子生徒の涙に目を奪われました。
その彼は、当時生徒会の副会長を務めていた田所先輩でした。
田所先輩の名前は、いつもテストの順位表の1番上にあり、学年は違えど亜弓も知っていたのでした。
亜弓はそのとき、順位表をいつも作っている担任のザビエルにある頼み事をします。
田所先輩が最高学年になって、生徒会長を務めると聞いた亜弓は、生徒会に入ることを決めました。
そして、今年の卒業ライブの照明は、亜弓がやることになっています。
田所先輩には、よく勉強を教えてもらっていました。ある日ちょうど、そこにザビエルが通りかかりました。
田所先輩は、ザビエルに愚痴をこぼし始めます。
「先生、岡田が大変なんですけど。」「毎日勉強教えてくれってうるさくて。」
亜弓には、ザビエルがそれを聞いてニヤリとするのが見えました。
亜弓は、ザビエルに順位表に自分の名前を載せないで、と頼んだのです。
勉強を教えてもらって、少しでも田所先輩に近づきたかったから。
生徒会の仕事は、夏休み目前になると、文化祭の準備で本格化していきました。
文化祭中の3日間、生徒会メンバーは休む暇がありませんでした。
やっと最終日のキャンプファイヤーが始まって、休むなら今だ、と亜弓は生徒会室に向かいます。
生徒会室では、田所先輩がひとりでキャンプファイヤーを見ていました。
先輩の頬には、涙が伝っていました。
亜弓は、「先輩の涙は誰のためのものなんですか?」と尋ねます。
それは、亜弓がずっと先輩に訊きたかったことでした。
先輩は窓の外を見つめて言います。
「あのブルーシート、俺も座りたかったんだよね、去年。」
キャンプファイヤーのブルーシートは、カップルだけが座れる特等席でした。
「今年またリベンジすればいいじゃないですか。」
亜弓は言いましたが、先輩は、「無理だよ、卒業しちゃったから。」と答えます。
田所先輩は去年、ステージをライトで照らしながら泣いていました。
その視線の先は、バスケもうまくてキーボードも弾けるバスケ部キャプテンだったゆっこ先輩でした。
小さいころから、ずっと同じピアノ教室だったんだ、と先輩は言います。
亜弓は涙をこらえながら、先輩と2人でキャンプファイヤーの花火を見ました。
「卒業生の皆さん、本当にご卒業おめでとうございます。」と述べた亜弓。
そして最後に、田所先輩に向けて、「式が終わったら、生徒会室に来てください。照明の使い方をもう一度だけ、私に教えてください。」
と言って、送辞を終えたのでした。
【転】少女は卒業しないのあらすじ③卒業式を終えて
卒業式が終わり、卒業ライブが始まるまでの体育館で、女子バスケ部の部長・後藤は部のみんなとワイワイ寄せ書きをしていました。
隣では、寺田たちの男子バスケ部がボールを取ってふざけ合っています。
後藤が寺田と話し出すと、女子バスケ部副部長の倉橋に「どっか行け禁断の部内カップル!」と体育館を追い出されました。
心の中で倉橋に感謝しながら、亜弓みたいに堂々とはできないかもしれないけど、あたしも言わなきゃ、と思うのでした。
寺田の漕ぐ自転車は、どこに向かっているのか、風を切って走ります。
寺田と会ったのは、高1の夏でした。
部の先輩たちが引退してからは、後藤は部長を任されました。そのとき、女子バスケ部は試合で勝てなくなっていました。
チームが勝てないのは、部長である自分のせいなのではないか、と仲良くなっていた寺田に後藤は相談していました。
そんな時、チームに欠かせないレギュラーメンバーの亜弓が生徒会に入ると言い出しました。
ずっと勝てていないのに、加えて重要なメンバーが生徒会で部活に出られなくなったら?と後藤は亜弓に反対しますが、亜弓の決意は固いようでした。
今まで感じてきた責任感と不安でどうしていいか分からなくなり、後藤は体育館から飛び出しました。
そのまま東棟にたどり着くと、寺田が追いかけてきていました。寺田は後藤にいつも通りひとりで馬鹿なことを言ってはしゃいで見せます。
でも、後藤が泣いていることを分かっていて、「こっち向かないでいいよ、後藤」と言ったのでした。
後藤はその時、寺田のことがずっと好きだったのだと気が付きました。
寺田は後藤を乗せて、河原へ下っていきます。
2人はふざけ合いながら、いつか埋めた花火を掘り起こしました。
花火をしながら、「色々あったね」と言い合います。「ずっとこんなんが続けばいいのにね」と後藤は言いましたが、寺田は頷きませんでした。
後藤は卒業して東京へ。寺田は地元の国立大学を目指して予備校へ。進むべき道が違うとお互いにわかっていました。
「別れよ」と後藤が言うと、「最後だな、花火」と寺田は言いました。後藤は心の中で、こっち向かないでいいよ、寺田、と思ったのでした。
卒業ライブの開始を待つ控室では、軽音部の面々が言い争っていました。
ヴォーカルの森崎率いるヴィジュアル系バンド・ヘブンズドアの衣装とメイク道具が無くなってしまったのです。
最後の卒業式が行われた体育館は、ライブを今か今かと待つ生徒たちの熱気であふれています。
ヘブンズドアのメンバーが、「桜川、お前たちがやったんだろ!」と洋楽コピーバンドを率いる桜川くんに食ってかかります。
放送部の元部長・氷川さんと、軽音部の部長だった神田はそんなメンバーたちを落ち着かせようとします。
そろそろライブを開始しなければならない時間でした。
神田はMCを買って出た部の男子2人に、場を繋いでもらうよう頼み、その間に衣装などを探すことにしました。
ライブに出るための道具が無くなったというのに、森崎は悠長にキメ顔の練習をしていて、神田を苛立たせました。
森崎がヴォーカルを務めるヘブンズドアは、演奏よりも、本格的な衣装やメイクといったパフォーマンスが売りです。
「メイクも衣装もなくして、自分の実力だけで勝負しろって」と桜川くんは言いました。
その時、控え室の電気が消え、次に電気がついた時には、ヘブンズドアの音源が入ったCDが無くなっていました。
神田は焦っていました。
軽音部は、毎年6月の定期演奏会を終えると、名目上の引退となります。
その時も、ヘブンズドアと桜川くんのバンドが出演順を巡って衝突していました。
「お前らなんてバンドじゃねえよ!」と桜川くんに言われても、森崎は何も言いませんでした。
定期演奏会を来週に控えた日。
楽譜を忘れてしまった神田が練習室に戻ろうとすると、中から森崎が練習している声が聞こえました。
森崎が、桜川くんに言われた言葉が悔しくないと思うはずはなかったのです。
男子2人が繋いでくれている間に、衣装やメイク道具を探すメンバーたちでしたが、どこを探しても見つかりません。
桜川くんは、「どうにかしろよな。」と言い捨ててステージに出て行ってしまいました。
ヘブンズドアのメンバーはパフォーマンスの研究をしてばかりで楽器は弾けません。
こうなればヴォーカルがアカペラで歌うしか方法はありませんでした。
しかし、それでは神田が隠しておきたかったものがみんなに知られてしまうのです。
桜川くんたちの演奏が終わり、氷川さんが森崎に向かって「あなたがアカペラで歌えば、すべてに勝てる」と言いました。
そこで神田は、ヘブンズドアの荷物を隠したのは氷川さんだったのだと気付きます。
氷川さんにそう尋ねると、森崎が練習室で歌っていたあの日、氷川さんも森崎の歌声を聞いていたのだと話しました。
「卒業するまでにみんなに聴いてほしいと思った。」と氷川さんは言います。
神田は中学の頃から知っていた森崎の歌声を、みんなに知られたくないと思っていました。
しかし、神田は思います。
もう最後なんだから、今日くらいひとりじめはやめよう。
森崎が、マイクの前で大きく息を吸いました。
卒業式を終えて、高原あすかは美術室に来ていました。
そのあとからは、正道くんがやってきました。
そして、あすかに「いつアメリカに行っちゃうの?」と尋ねます。あすかは卒業してアメリカの大学に進学することになっていました。
あすかがカナダから転校してきたのは、高校1年の9月でした。その年の文化祭で、正道くんと出会います。
正道くんはその時、東棟の校舎の壁にH組の展示の絵を描いていました。
その絵は、自分と亡くなったお母さんの絵だと言います。そんな正道くんを誘って、あすかは美術部に入部したのでした。
H組は、知的障害を持った子たちのクラスでした。
教室の友達に馴染めず、あすかにとってはH組の子たちと過ごす昼休みと、美術部で過ごす放課後だけが楽しみになっていました。
美術室の外で後輩が卒業祝いの準備をしてくれるのを待っていると、正道くんが突然立ち上がり、あすかの手を取ってどこかへ向かってぐんぐん進みます。
「正道くん、どうしたの?」とあすかが言うと、正道くんは「あすかちゃん、僕はふしぎなんだ」と言いました。
正道くんはあすかを東棟で描いた絵の前に連れてきました。
改めてその絵を見たあすかは、ふと手のシルエットが重なっているのに気づき、「この絵って、正道くんとお母さんが向かい合っている絵じゃないの?」と正道くんに尋ねます。
正道くんはそれを否定して、「二人が、別々の方向へ、歩き出す絵」と答えました。
「僕はふしぎなんだ」と正道くんは再び言いました。
「どうして、僕の大切な人はみんな、遠くへ行ってしまうんだろう」
正道くんの言葉を聞いて、あすかは「頑張っている正道くんに、絶対に会いに来るから」と言いました。
体育館からは、ビートルズのThe long and winding roadが聞こえていました。
それは、遠く離れたあなたのもとへ会いに行きたいという歌でした。
歌を聞きながらあすかは、正道くんが自分の言葉を見つけるまでずっと、待っていました。
【結】少女は卒業しないのあらすじ④
日付が変わった頃、まなみは卒業式が終わった夜の校舎に入り込んでいました。
校舎には、先客がいました。それは、剣道部の部長だった香川でした。
まなみは「何でここにいるの?」と尋ねます。
「まなみと一緒だよ」と香川は答えました。
料理部の部長だったまなみは、作ったお弁当を、いつも駿と調理室で食べていました。
駿は剣道部のエースでした。
香川とまなみはもともと友達で、同じクラスになったこともあって、香川と部活が同じだった駿とも仲良くなりました。
振り返れば3人は、3年間同じクラスで過ごしたのでした。
駿は1年の冬に、1年生でただひとり団体戦のメンバーに選ばれ、それと同時にまなみに告白しました。
それからずっと、2人は付き合っていました。
ある時、東棟の幽霊の噂が、南棟に移ったことがあります。本当は幽霊が出るのは南棟じゃないのか、と噂をする人がいたのです。
駿は、南棟の窓から落ちて、亡くなりました。
そのとき駿は、風が気持ちいいと言って、廊下の窓に腰掛けてまなみと話していました。
まなみは、駿に料理コンテストの試作で作ったクッキーを食べてもらっていました。
不意に中庭から、「駿!顧問が早く来いって怒ってる!」と香川の声がしました。
駿は、声に引っ張られるようにして、座っていた窓枠から滑り落ちました。
「あたし、幽霊なんて全然怖くない」とまなみは言います。
「それでもいい、もう一回会えるなら」と言うまなみの言葉を聞いて、香川は「まなみ、ここに来るために、忍び込んできたんだろ?」と南棟を指して言いました。
香川とともに、まなみは南棟の調理室にたどり着きました。
香川は「俺も、全く同じこと考えてた」と言いました。
「俺も駿に会いたかった。会って訊きたいことがあった」と香川は話します。そして、「駿に謝りたいことがあった」と言いました。
香川は、高校最後の校内試合で大将になりました。
エースの駿には、ずっと勝つことができていませんでした。香川は、駿が自分に大将を譲ったのだと思いました。
そんな気遣いはしてほしくなかった、と香川は言います。
そして「あのとき、ほんとうは、顧問は怒ってなかったんだ」と、中庭から駿を呼んだ日のことを話し始めました。
少し驚かそうとしただけだった。自分があんな嘘をつかなければ駿は死ななかったかもしれない、と。
「俺、あの日から何にも手につかないんだ」と香川が言うのを聞いて、自分と同じように香川も、この場所に来なければいけないほど弱っていたのだと悟りました。
「駿がわざと負けたとかじゃなくて、ちゃんと、香川の努力が、駿のセンスに勝ったんだよ」と、まなみは言いました。
駿は、悔しいことがあると、早食いする癖がありました。
まなみのクッキーを試食していたあの日は、駿が香川に負けた日で、駿はクッキーをものすごいスピードで食べていました。
まなみは栄養士を目指していました。しかし、駿がいなくなってしまった日から、自分が何のために料理をすればいいのかわからなくなっていました。
手にお弁当を持ったまま、「どこにもいないなんて、わかってたよ」とまなみは言います。
「お弁当なんか作ってきて、あたし、バカみたい」と言ったまなみの言葉を聞いて、香川はお弁当を自分のもとへ引き寄せました。
「俺の今日の目的は、駿に謝ることだった。だけど結局、駿の代わりに、まなみが俺の話を聞いてくれた」
「だから今度は俺が、駿の代わりに、まなみの目的を果たす」と言って、お弁当を食べ始めました。
「うまいよ」と香川は言いました。
校舎に、夜明けが来ていました。
少女は卒業しないの解説(考察)
この作品の短編の主人公は、すべて女子です。
朝井リョウ氏は著者インタビューのなかで、デビュー作「桐島、部活やめるってよ」に次いだ2作目の「チア男子!!」が男子に焦点を当てた物語だったため、「少女は卒業しない」では女子の物語に挑戦した、と語っています。
高校生女子の心理を理解した描写は、違和感なく、かつ共感できる内容であり、とても驚かされます。
主人公はそれぞれ別の人物ですが、卒業式の日の出来事が時系列順に語られており、謎だった事柄が、主人公が変わって物語が進んでいくと明らかになったり、つながったりします。
物語中にちりばめられた仕掛けによって、物語は読者を楽しませてくれます。
少女は卒業しないの作者が伝えたかったことは?
作者は、誰しもが卒業できない思いを抱えているという考えをこの作品に込めたのではないでしょうか。
その思いとは、この物語の登場人物たちのように、失恋や、誰かとの別れかもしれませんし、ライバルに負けた苦い思いであるかもしれません。
私たちにも、忘れられない思い出がありますよね。
成長途中の高校生たちの物語を通して、卒業できない思いを抱えながらも人は進んでいくこと、そして、その思いが人を成長させることを伝えていると思いました。
少女は卒業しないの3つのポイント
ポイント①デビュー作「桐島、部活やめるってよ」
実際に作品を読んだことがなくても、「桐島、部活やめるってよ」というタイトルを聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
このデビュー作では、バレー部のキャプテン・桐島が部活を辞めたことによって広がっていく、校内の様々なストーリーを描いています。
ひとつの高校を舞台とし、異なる立場の語り手によって物語が進行していく形式は、「少女は卒業しない」と同じ形式であると言えます。
朝井リョウ氏の原点となった作品ですので、まだ読んだことのない方はこちらもおすすめです。
ポイント②直木賞と芥川賞
作者の朝井リョウ氏は、2013年「何者」で戦後最年少の直木賞を受賞しています。
直木賞や芥川賞という賞の名前は誰しもが聞いたことがあると思いますが、どんな賞であるかご存知でしょうか?
直木賞とは、作家・直木三十五(さんじゅうご)の名前を記念した、大衆文学に送られる新人賞です。
対して芥川賞は芥川龍之介を記念したもので、純文学が対象です。
1935 (昭和10)年に文芸春秋社長の菊池寛が創設し、現在まで作家の登竜門となる賞とされてきました。
現役の大学生作家としてデビューした朝井リョウ氏。
2021年には作家生活10周年を記念した作品「正欲」を刊行しており、今後の活躍にも目が離せません。
ポイント③ザ・ビートルズ「The long and winding road」
作中6話目の「ふたりの背景」で、あすかと正道くんが壁画の前で話すラストの場面において、The Beatlesの「The long and winding road」が登場しています。
この曲は、ビートルズの最後のアルバム「Let It Be」に収録されている曲です。
歌詞の和訳を見ると、正道くんのあすかに対する思いに重なるような言葉が見られます。
同時に、5話目の「四拍子をもう一度」で森崎が歌ったビートルズは、この曲であると推測できます。
神田は、森崎の歌うこの曲をどんな気持ちで聴いていたのでしょうか。
ゆったりと切なくも、何か自分の中の思い出を呼び起こさせるようなメロディーはこの物語にぴったりだと思いました。
作品を読むのと合わせて聴いてみると、さらに物語を楽しめると思います。
少女は卒業しないを読んだ読書感想
「伸ばした小指のつめはきっと、春のさきっぽにもうすぐ届く。」という冒頭部分のように、朝井リョウ氏の書く繊細な文章がとても魅力的な作品だと感じました。
私は、岡田亜弓が送辞を読んで、その中で憧れの先輩に思いを告げる「在校生代表」の物語に共感しました。
亜弓のように先輩に近づきたくて勉強を教えてもらったりと、手段は違えど、憧れの人や好きな人にこのようなアプローチをしようとした経験がある方は、多いのではないでしょうか。
自分の経験を呼び起こしてその時の感情に触れることができる、そんな作品だと思いました。
少女は卒業しないのあらすじ・考察まとめ
学生時代、私たちは楽しいこともあれば、まだ大人でない子どもなりに真剣に悩んだ記憶もあるでしょう。
そのように悩んだ経験は、大人でも子どもでも関係なく、後から振り返れば自分の財産であると感じられると思います。
学生時代の様々な経験があって、今の自分がいるということを改めて思い出させてくれる、そんな物語です。
この作品を読んで、青春時代の記憶に思いを馳せてみるのも、いいのではないでしょうか。